文字 

(3)アドバンス・ケア・プランニング―人生の最期について考える― 笠岡第一病院救急科医師 田邉 綾

田邉綾氏

 みなさん、ご自身やご家族の、理想の人生の最期について考えたことはありますか。自分の意思で治療を選択できなくなる前に、前もって患者さん、家族、医療従事者の間で、今後について話し合うプロセスをAdvance care planning(アドバンス・ケア・プランニング=ACP)と言います。現在、国を挙げてACPが推奨されています。

 心臓や呼吸が止まった時、テレビドラマでは当たり前のように心臓マッサージがなされ、気管にチューブが入り、強心薬の投与、電気ショックが行われます。こうした蘇生処置の結果、心臓は動き出し、回復し、ハッピーエンドを迎えます。現実はどうでしょうか。

 世界規模の研究では、病院の外で心臓が止まった患者さんのうち、心臓が再び動き出し、退院まで生存できる割合は9%と報告されています。この9%には寝たきりとなってしまった患者さんや、脳にダメージを負った患者さんも含まれるため、社会復帰できるまで回復できるのはもっと少ない割合です。

 さらに、もとより高齢であったり、多数の病気を持っていたりすると、その割合は一段と下がります。実際に、日本での研究では、75歳以上の患者さんが病院外で心停止し、1カ月後に介助なく生活できるまで回復する割合は1%程度であることが分かっています。

 心臓が止まってしまう患者さんは、がんのため余命を宣告されていたり、病気のために入退院を繰り返していたり、大病のため寝たきりとなってしまっていたりと、その前兆があることが多いです。

 実際に、自分の家族が心臓が止まった時のことを想像すると、家族としては、「やれることは全部やってほしい」と思われる方も少なくないのではないでしょうか。それは家族として当然の思いです。

 しかし、蘇生処置を行うことは必ずしもいいことばかりではありません。心臓が止まった時の蘇生処置は、患者さんにかなり強い力が加わるため、肋骨(ろっこつ)や胸骨は折れ、肺や肝臓を傷つけることもあります。救命できたとしても、たくさんの管がつながれ、目を覚ますことなく、寝たきりとなることも珍しくありません。

 目の前で、突然患者さんの心臓が止まった時、われわれは蘇生処置を行います。時に助かる見込みがほとんどないにも関わらず、慌てた家族の強い希望で、身体の痩せ細った高齢の患者さんを1時間以上蘇生処置を続け、死亡を確認する頃には身体の形が変わってしまっていることも経験します。心臓が止まってしまっては、患者さん本人に治療の希望を問うことはできないのです。

 ACPは患者さんの自己決定権を尊重し、患者さん自身の将来への不安を軽減するだけではなく、選択を迫られる残された家族の負担も減らします。元気でお話ができるうちに、本人、家族、かかりつけ病院の主治医と心臓が止まった時の対応を含め、今後の治療やケアの見通しについて、お話ししてみるのはいかがでしょうか。

     ◇

 笠岡第一病院(0865―67―0211)

 たなべ・りょう 広島大学医学部卒業。岡山大学大学院博士号取得。同大学病院高度救命救急センターに所属し、笠岡第一病院にて救急医として勤務。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2023年04月03日 更新)

タグ: 笠岡第一病院

ページトップへ

ページトップへ