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倉敷中央病院放射線治療科医長 花澤豪樹(39) 患者は「同志」 対話し思い共有

放射線治療医としてがん患者と向き合う花澤医師。趣味で続けているピアノは素の自分が出せる貴重な場だという

「放射線治療はスタッフ同士の連携が不可欠」と話す花澤医師

倉敷中央病院にあるピアノを演奏する花澤医師。仕事の合間を縫って練習を続けている

板坂聡主任部長

 昨年秋、倉敷中央病院(倉敷市美和)で創立100周年を記念したミニコンサートが開かれた。グランドピアノが置かれたセントラル・パーラーには、70人ほどの患者が集まっていた。

 この日の出演者は放射線治療科医長の花澤豪樹(ひでき)(39)。白衣から黒のシャツと黒のスラックスに着替え、ピアノの前に座った。ベートーベンのピアノソナタ、シューマンのトロイメライ…。花澤が紡ぎ出す柔らかな音に、観客は魅了されていた。

 小学生の時にピアノを習った後、しばらくブランクがあり、コンサートが決まると猛練習を続けてきた。人前での披露は勇気がいる。それでも挑戦したのは、医師ではない素の自分を患者たちに見てもらいたかったからだ。

 診察室ではどうしても医学的なデータや専門知識中心のやり取りになってしまう。「一緒に病を乗り越える同志でありたい。そんな応援メッセージが演奏から伝わればいいなと思っています」と花澤は言う。

信頼関係

 花澤は放射線を駆使し、がんを死滅させる治療を専門とする。手術、化学療法とともに、がんの3大治療の一つに数えられる。検査を行い、病状に応じて照射期間・量など治療計画を決めていく。

 担当する患者の中には病状が深刻な人も多く、10代の若者もいる。そこで最も大切にしているのが、患者との対話と思いの共有だ。何度も話を聞きながら信頼関係を築き、本人や家族が何を一番望んでいるのか、どう治療していきたいか。十分くみ取った上で計画を練る。

 ミニコンサートを最前列で聴いてくれていた大学生の患者の時もそうだった。

 脳腫瘍を患っていた。治療を最優先するなら、放射線を強めに当てた方がいい。だが、副作用は強く出てしまう。学校に早く復帰したいという本人や家族の希望を踏まえ、照射量を少なめに設定したり、照射期間を短縮したりした。勉強したいと心から願うのが手に取るように分かったからだ。

 「医者は単に病気を治せばいいのではない。患者の人生を背負う覚悟で臨んだ」と振り返る。

選択肢

 患者と医療者が価値観や人生観を共有し、治療法を決めていく―。国民の2人に1人ががんになる時代にあって、患者が自分らしく生きていくために欠かせない考え方を、花澤は常に意識する。しかし、最初からそうだったわけではない。新人時代は診療にがむしゃらな毎日だったという。

 それではだめだと気付かせてくれたのが、約5年前に出会ったGIST(消化管間質腫瘍)という希少がんを患う同年代の男性との対話だ。希望する放射線治療は効果が未知数で花澤は治療すべきか迷ったが、男性はきっぱりと言った。「可能性が少しでもあるのなら何でも挑戦したい」

 治療の選択肢があること自体が生きる力になっていると花澤は確信し、やれることは全部やった。男性は別の治療も試しながら亡くなったが「研究に生かしてほしい」と故人の遺志で臓器提供されたと知り、自分が試みた医療に間違いはなかったかな、と感じている。

 「かつて担当した患者さんが、元気にやっていますと時々報告に来てくださるんです。僕の診療に少しは満足してくださっているのかと思うとうれしくて。そんな関係をこれからも多くの人と築いていきたい」

治療をどう微調整、腕の見せどころ

 ―医師になったきっかけは。

 父は外科医で母親は薬剤師でした。そんな環境で育っても、最初は医者になろうとは考えていませんでした。幼少期から飛行機に乗る機会が多く、パイロットを目指したくらいです。大学入学時にもまだ迷っていました。しかし、大学の仲間はおもしろい人間が多く、医師となって一生付き合いたいと思いましたし、親しい人をがんで亡くしたこともあり、結果的に医学の道に進みました。

 ―なぜ放射線治療医を選んだのですか。

 がんをやりたいとは思っていました。父は「がんは切って治すもの」という考え方でしたが、大学4年生の時に放射線治療を学び「これでがんが治るんだ」と感動したんです。体を傷つけることなくがんを狙えるのは、患者にとってとても幸せな手法だと確信しました。

 ―どんな治療に取り組まれていますか。

 リニアックという最新の装置を駆使しています。狙ったがん組織だけを正確に照射できるのが特徴です。高齢社会が進み、体力的に手術や抗がん剤を使えない患者も増えてきているので、体にやさしい放射線治療はもはや欠かせない存在になっています。痛みを取り除く目的や手術・抗がん剤と組み合わせた治療も行っています。

 放射線治療医はまず患者を診察し、CT(コンピューター断層撮影)などで腫瘍の大きさや位置を正確に調べます。病状に応じて放射線の照射量や回数などを決め、放射線技師らと協力しながら進めていきます。放射線治療の歴史は長く、標準治療が確立されているとはいえ、標準範囲に収まらない人はどうしてもいます。その治療をどう微調整していくか、腕の見せどころです。

 ―目指す医師像は。

 患者としっかりコミュニケーションを取る姿勢はこれからも変えるつもりはありません。でも、それだけでは足りない。自分の医療技術の向上にも取り組んでいきます。

 自らの成長には心の余裕も必要で、ピアノも続けていきたいです。次の目標は、病院付属の施設や老人保健施設での演奏会。音楽を通じて温かい気持ちになってほしいです。

花澤医師プロフィル

■1984年7月、京都府生まれ。幼い頃、父親の仕事の関係で米国に一時的に住む機会に恵まれる。京都・洛南中では陸上部で活躍、同高では級長として学校を引っ張った。

■2003年4月、京都大医学部入学。パイロットを目指した時期もあったが、放射線治療に出合い、将来が固まる。部活はバレーボール部に入り、キャプテンを務める。

■09年4月、初期研修先として静岡県の島田市立総合医療センターを選択する。医学生時代、この病院で実習した時に出会った患者からのアドバイスが忘れられない。会社経営の男性で「受け身になるな。自分だったらこうすると常に考えて」。その教えを今も大切にする。

■13年4月、山口大病院。上司は非常に厳しい人だったが、患者に対する治療方針の提案などを通し、引き出しをたくさん持つことを学ぶ。京都大病院時代には海外の学会にも積極的に出席する

■21年4月、倉敷中央病院。放射線技師や看護師らとのチームワークを何より大切にする。

上司からのひと言
倉敷中央病院放射線治療科板坂聡主任部長 患者目線の姿勢に今後も期待


 私が京都大病院に勤務していた時にも一緒に働きました。現在は当科の若手のホープとして、診療面で特筆すべき活躍を見せてくれています。最近の放射線治療の進歩は著しいですが、手術法も日々進化し新薬は続々と開発されています。放射線科だけでなく、外科、内科など多くの診療科が連携することで最新のがん診療は成り立っています。彼の高いコミュニケーション能力はもちろん、患者目線に立った姿勢に今後も期待しています。

 (敬称略)
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2024年02月19日 更新)

タグ: 倉敷中央病院

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