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(8)尊厳の保障~本人の意思を尊重した自分らしくあるための医療 倉敷スイートホスピタル理事長 江澤和彦

江澤和彦氏

 自らの希望で、病気や障害を来している人はいるはずもなく、人生の最期まで自分らしくありたいと誰もが願われていることと思います。その思いに寄り添い、最期まで自分らしい生活を実現することが「尊厳の保障」であり、当法人組織全体の実現すべき究極の理念であり、私のライフワークでもあります。

 これから、わが国の75歳以上の人口は増えませんが、85歳以上の人口は2040年にかけて増加するため、医療と介護の複合的なニーズを持つ方がさらに増えます。完全治癒を目指す医療の傍ら、がんを抱えて生きる医療、癒やし支える医療、みとる医療を選択される方も増えてきています。

 一方で、「医療的ケア児」と呼ばれる、医療の発達により障害を持ちながらも命をつなぐことのできた「こども」たちも全国で2万人を超え、増え続けています。共通していることは、その誰もが自分らしくありたいと思われていることです。

 たとえ寝たきりで意識がなくても耳は聞こえています。意識もなく、その日に亡くなられる方でも、家族が病室を訪れて手をさすり声をかけると、目を開けることなく涙を流される光景を幾度も経験致しました。最期まで「心」を持ち合わせているのです。

 認知症の方も記憶障害は進行しますが、感情は保たれており、その時の気持ちが正直に顔の表情に表れます。大切な「心」はずっと存在しています。私たち医療従事者は、その全ての「心」を受容し共感し寄り添っていくことがとても大切です。

 医療は最新の治験に基づき、最善の医療を提供することが大前提です。その上で、どの治療を選択するかについては、本人と医療やケアの担当者のチームが繰り返し話し合って決めていきます。痛みや苦しさがあれば意思表示は困難となるため、これらを緩和する医療も重要となります。本人の意思表示が難しい時には、意思を推定する家族や知人がチームと話し合います。その際、誰もが本人の幸せを心から願っていることによって、本人の満足した決定が得られます。

 今や医療現場は病気を治すのみの場ではなくなりました。今年6月から実施される診療報酬改定では、あらゆる病棟で、患者さんの意思決定支援や身体拘束の最小化が義務化されます。当院も従前から身体拘束防止に力を入れており、私としても望むところです。

 さらには、生活面に配慮した医療も推奨されています。ケアマネジャーや介護施設からの入院時の情報提供書も本人の意思や生活への記載を充実するよう見直されました。お一人お一人の退院後の生活を見据えた医療への期待も高まっています。

 医療法人の経営者となった30年近く前から私が職員に提唱している「当たり前三原則」があります。その一つでは、「関わっている患者さんを自分自身や自分の家族と置き換えて、自分だったら嫌だなと思うことがあれば、現場で直ちに見直してほしい」と強調しています。

 誰もが貴重な一度きりの人生を送られています。その貴重な人生に医療は大きく影響します。決して後悔することのないように、思いを込めて支援させていただくことを願ってやみません。これからも「尊厳の保障」により少しでも貢献できれば幸いに存じます。

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 倉敷スイートホスピタル(086―463―7111)。連載は今回で終わりです。

 えざわ・かずひこ 日本医科大学卒、岡山大学大学院医学研究科修了。同大学病院、倉敷広済病院を経て、1996年に医療法人「和香会」(倉敷市)、医療法人「博愛会」(山口県宇部市)理事長。2002年から社会福祉法人「優和会」(同)理事長兼務。日本医師会常任理事、中央社会保険医療協議会委員。日本リウマチ学会リウマチ指導医・専門医、労働衛生コンサルタント(保健衛生)。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2024年03月04日 更新)

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