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(16)母乳育児・新生児医療 旭川荘療育・医療センター 吉尾博之副院長 3、4ヵ月以上継続を、アトピーも減

よしお・ひろゆき 兵庫県立龍野高、岐阜大医学部卒。同大病院小児科を経て、1989年、国立岡山病院(現・国立病院機構岡山医療センター)に勤務。小児科、新生児科の医長を務めた。2009年から5年間、聖マリアンナ医科大小児科新生児分野教授。14年から現職。新生児医療の経験が長く、日本周産期・新生児医学会、日本新生児成育医学会、日本産婦人科新生児血液学会の各評議員、日本母乳哺(ほ)育学会理事。59歳。

 ―長く母乳育児を提唱されていますね。

 吉尾 母乳は乳児にとってバランスの取れた最適の栄養源で、世界保健機関(WHO)は生後6カ月までは量が十分であれば母乳以外のものを与える必要がないとしています。母乳にはエビデンス(医学的証拠)に基づくメリットがたくさんあります。人工乳はあくまで母乳が十分に与えられない場合の代替と考えてください。

 ―母乳育児の具体的なメリットは。

 吉尾 母乳は、白血球やマクロファージ(貪食細胞)などの細胞成分と、タンパク質、脂肪、糖分、ビタミン、ホルモンなどの液性成分から成り立っています。白血球やマクロファージは、赤ちゃんに侵入した有害な細菌を食べてくれる上、以後、同じような細菌が侵入してもそれを退治する抗体をつくりやすくします。タンパク成分の免疫グロブリンA(IgA)は消化管粘膜から病原体や毒素が侵入するのを防ぎます。母乳育児を3、4カ月以上続ければ、人工乳育児に比べ、中耳炎やRSウイルスによる肺炎、気管支炎のリスクを半分に減らすことができます。

 ―母乳の効果は新生児期だけに限定されるのでしょうか。

 吉尾 そんなことはありません。サイトカインと呼ばれるタンパク質が、幼少期のぜんそくやアトピー性皮膚炎の発症を人工乳育児より3~4割減らします。成人して生活習慣病である肥満や糖尿病になるリスクは人工乳だけで育てた場合より3割程度低くなることも分かっています。母親についても、母乳育児を長く続けるほど閉経前の乳がんや卵巣がんの頻度が減少します。

 ―母乳育児は母子の愛着形成にも良い効果がありそうですね。

 吉尾 わが国の新生児医療の草分け的存在の故山内逸郎先生(旧国立岡山病院名誉院長)は、母親がわが子に母乳を与えるのは自然の摂理であり当然の行為と言ってその効用を全国に広めました。ただ、数%以下ではありますが先天的に母乳分泌が不十分な人がいます。各自が可能な範囲で母乳を活用し、育児を楽しんでください。

 ―母乳育児に弱点はないのでしょうか。

 吉尾 最近、赤ちゃんの骨の成長が妨げられるくる病の発症が指摘されています。これはビタミンD不足が原因です。母乳中のビタミンDは濃度が低く、生後6カ月過ぎからの離乳食がうまく進まない場合は注意が必要です。極端な日光浴不足もよくありません。また、新生児は生理的にビタミンK欠乏状態にあり、母乳にはビタミンKが少ないため、消化管や頭蓋内出血を起こす恐れもゼロではありません。その予防のために、赤ちゃんに産科入院中や1カ月健診でビタミンKシロップを飲んでもらいます。この他、成人T細胞白血病の原因となるウイルスは母乳が主な感染源であることが分かっています。

 ―母乳で育てた場合、発育が遅れがちになるとも聞きます。

 吉尾 母乳だけで育てると、母乳と人工乳の混合や人工乳だけで育てた場合より、体重が少々軽くなる傾向があります。これは発育が遅いのではなく、むしろ人工乳が過栄養気味ではないかと指摘されています。1回の受診だけで母乳不足だと決めつけてはいけません。授乳状況や体重の増え方を見て、母乳量が十分かどうかを判断しなくてはなりません。

 ―成長が順調かどうかを確かめるには、母子手帳の発育曲線が参考になりますね。

 吉尾 現在の母子手帳の発育曲線は、母乳、人工乳全てを含めて作られたものですが、最近、母乳だけで育てた場合の発育曲線が発表されました。日本母乳哺(ほ)育学会のホームページからダウンロードできます。

 ―新生児期から重篤な赤ちゃんを受け入れるPOST―NICU(重症新生児後方支援治療室)を昨年12月から運用しています。

 吉尾 わが国の周産期医療は世界のトップレベル。多くの赤ちゃんの命が救われていますが、残念ながら後遺症が残ってしまう赤ちゃんもいます。岡山県内には、倉敷中央病院、国立病院機構岡山医療センターなど6病院にNICUがあり、こうした赤ちゃんを受け入れていますが、長期入院する赤ちゃんが増えると、急性期のベッドの空きが減り、周産期医療に支障を来しかねません。NICUで急性期を乗り切ったり、在宅では負担が大きい重症の赤ちゃんを受け入れる場として13床を開設しました。

 ―これまでの受け入れ人数や、見えてきた課題は。

 吉尾 現在、3人の子どもを受け入れています。今後さらに増えることが見込まれます。親御さんの心身の負担が少しでも軽くなるよう、短期入所も受け入れる方針です。課題はマンパワー不足です。ベッドがあっても医療の担い手がいなければ運用できません。早急に人材を確保したいと考えています。



 旭川荘療育・医療センター(岡山市北区祇園866、(電)086―275―8555)
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2015年09月07日 更新)

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