文字 

第1部 さまよう患者 (5) 電話相談 医師に聞いては悪い?

「話を聞かせていただく気持ちで臨んでいます」。悩みに応じる相談員=岡山市

 「そう先生から言われたんですね」「それはつらいですね」

 岡山市南区の住宅街にあるボランティア団体「がんの悩み電話相談室おかやま」(室長・田中紀章鳥取市立病院長)の事務所。先月30日も相談員が患者の電話に耳を傾けていた。

 相談は週1回。1件平均25分。1時間を超すことも珍しくない。

 応じるのは、1年間の研修講座を受け審査にパスした看護師や主婦ら。その一人、川田直子さん(50)=仮名、岡山市=は一昨年秋に電話を受けた九州の男性が忘れられない。

 「もう治療法がないと医者に言われた」

 定年後間もなく、肺がんが再発したという。「このまま死ねない」。切迫した口調に言葉を失い、ただ聞くしかなかった。ひとしきり経過を語った末、男性が漏らした。「今まで仕事ばかり。妻に何もしてやれなかった」

 それが一番言いたかったのか。男性は「心の整理が少しついた」と電話を切った。

  ~

 川田さん自身もがん経験者だ。2003年、43歳の時、乳がんと分かり、地元の病院で手術を受けた。

 術後は決して順調ではなかった。

 切除した乳房の形をおなかの脂肪で再建できることを知ったのは手術の直前。間に合わず、3年後にようやく東京で希望の手術を受けた。だが、以前の放射線治療の皮膚への影響があり、さらに2年後に再手術。でも満足はしていない。

 ただ、最初にかかった医師には感謝している。「がんの告知に私が衝撃を受けたのを察して『ゆっくり話しましょう』って。すべての外来診察を終えた後、時間を割いて不安を聞いてくれた」

 結局、別の病院の受診を勧めてもらったが、この時の患者に寄り添う努力に救われた思いを強く持つ。

  ~

 「経験を生かしたい」。川田さんは05年、相談員になった。

 相談室への相談は年100件前後。「主治医が示した二つの治療法のうち、どちらがいいか」「がんの性質が悪いと言われた」…。治療や病気から主治医との関係、療養生活、患者会など多岐にわたる。

 だが、「本当の悩みは別のこともある」と川田さん。「医師でないからアドバイスより聞くのに徹する。話すうち気持ちがすっきりする人も多いんです」

  ~

 「当初はがんに対する漠然とした不安が多かったが、最近は相談内容が具体的になった」。1996年の開設時から運営にかかわる元岡山県保健師の赤木清美さん(76)=岡山市東区西大寺中野=は変化を感じている。

 それを病院で聞けないのはなぜか。

 「医師は忙しいというイメージや聞いては悪い、気分を害したらどうしようという不安でしょうか。それは変わらない」。患者は医師の前で心理的に弱者になりがち。病を勤め先に伝えるべきかなど医療者も答えを出しにくい悩みもある。

 患者の知る権利が強調され、本人にがんや余命までが告知される時代。ただ、そこから生じる不安にじっくり向き合う受け皿はまだ乏しい。「だから電話相談の意義がある」と川田さんは言う。

 「実際に相談するのは勇気がいる。でも、存在するだけで安心感につながる。それでいいかなと思います」


ズーム

 がんの悩み電話相談室おかやま 相談受け付けは毎週土曜日(祝日除く)午後2時~5時。電話は086―264―7033。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年02月04日 更新)

タグ: がん肺・気管

カテゴリー

ページトップへ

ページトップへ