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第1部 さまよう患者 (9) 遺志 医師との架け橋目指す

患者と医師の溝をどう埋めるか。意見を交わす「さぬきの絆」役員=昨年11月、高松市

講演をする朝日さん=昨年11月

 午後6時半に始まった恒例のディスカッションは白熱し、3時間以上続いた。

 「患者は遠慮している。病気のことを聞きたくても聞けない」

 「患者が何を分かっていないか、医者も把握しかねているんじゃないか」

 昨年11月9日。高松市中心部の雑居ビル2階。香川がん患者会「さぬきの 絆 ( きずな ) 」の事務所で、月1回の役員会が開かれた。この日のテーマは「患者と医師の関係」。患者や家族、看護師ら8人の役員からはさまざまな意見が飛び交った。

 終了したのは深夜10時すぎ。かつて前立腺がんを患った会長の増田敬夫さん(62)=同市今里町=が全員の思いを代弁した。

 「患者と医者の間にある溝を埋める架け橋に、私たちがなろう」

 事務所を訪ねて来る患者の相談に応じ、アドバイスをする「がんサロン」のスタートが正式に決まった。

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 それを見届けるかのように昨年末、1人の医師が胃がんで亡くなった。

 県立中央病院(同市番町)の元泌尿器科主任部長、朝日俊彦さん。享年63歳。さぬきの絆の発起人だ。

 30年近く前から、当時はまだ少なかった患者へのがん告知に取り組んできた。「真実を告げ、ともに闘う姿勢から、医師と患者の信頼関係が生まれる」という信念からだ。患者が悩みや不安を吐き出し、どう立ち向かうかを考える場の必要性も長年感じていた。

 「患者会を一緒につくろう」。2005年、主治医だった朝日さんから声を掛けられたのが増田さんだ。それまで、病院内などの患者会はあったが、がんの部位や医療機関の枠を超えた全県的組織はなかった。

 「患者が動かないと声は届かない」。朝日さんらの呼び掛けに、翌年2月の発足会には約130人が集まった。

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 医師ら専門家を呼んでの定例会。患者、家族が体験談を話し合う交流会。年に1度は1泊研修にも出掛ける。朝日さんも時々、講演した。増田さんは「がんは個人戦ではなく、チーム戦。本人や家族に加え、医療関係者とも協力して、患者主体の医療を実現したい」と話す。

 朝日さんに胃がんが見つかったのは08年9月。病院を退職し、1年前にクリニックを開業したばかりだった。既に肝臓に転移。週末に抗がん剤治療を受け、点滴を打ちながら診療は続けた。

 毎週のように講演にも出掛けた。「がんになってから、講演に迫力が出たと言われるよ」。周囲には気丈に振る舞った。

 葬儀の日。「患者と医療者が手を取り合ってこそ、がんに打ち勝てる」。朝日さんの思いを、増田さんはあらためてかみしめた。

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 1月下旬、月2回の予定で始まったさぬきの絆のがんサロン。増田さんら役員はオリジナルの相談用紙を準備した。

 治療の悩み、仕事や治療費に関すること、家族との関係などを書き出す。そのまま病院で見せれば、限られた診療時間でも医師とのコミュニケーションがうまくいく。

 その中に、こんな一文がある。

 <先生とのよりよい関係作りはあなたにも責任が…>

 朝日さんの遺志を継ぐメンバーが考え抜いたアドバイスだ。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年02月10日 更新)

タグ: がん医療・話題

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