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救急業務の民間活用 軽症患者を有料で搬送 増え続ける出動 抑制狙う

タクシーの後面に張られた「サポート・キャブ」のステッカー

 急病や不意のけがの時、一一九番で駆け付けてくれる救急車は心強い存在だ。しかし、救急出動は全国的に増加し、中にはタクシー代わりのような利用もあり、緊急度の高い出動に支障が出る恐れもある。東京消防庁は緊急度の低い場合には民間救急車を利用してもらおうと、今春から全国で初めて「民間救急コールセンター」を本格運用、さらに今月から軽症の患者をタクシーが搬送する「サポート・キャブ」制度をスタートさせた。増え続ける救急出動の抑制策として始まった民間活用は、公共機関による無料搬送という「一一九番」の在り方を大きく変えるかもしれない。

 東京民間救急コールセンター(電話0570―039―099)は昨年十月に試験的に設けられ、今年四月から二十四時間電話で受け付ける本格的な運用を始めた。狙いは救急病院から一般病院への転院などの場合、救急車が利用されてきたことから「医師が緊急でないと判断した場合、民間救急車を利用してもらおう」(東京消防庁救急管理課)というものだった。転院のほか、入退院や通院、リハビリや温泉治療のための外出、車いすや寝たきりの人の移動などでも、コールセンターにかければ、民間救急車を紹介してくれる。

 運用開始以来、利用は一日平均八件程度にとどまる。料金が平均して一万円程度と高額なことから、幅広い利用となるといまひとつのようだ。コールセンターに問い合わせたが、「来るのに時間が掛かる」「料金が高い」といった理由で民間救急車をやめてタクシーを使ったというケースも目立った。そこで、第二弾として「サポート・キャブ」を導入、「救急の日」の九月九日に運用を始めた。

 こちらも民間救急コールセンターで受け付ける。同センターで診療が受けられる病院を調べて、患者に紹介すると同時に、提携しているタクシー会社に連絡して手配する。人工呼吸や心臓マッサージなどの救命講習を受けた運転手が乗車し、利用料金は通常のタクシーと同じだ。

 今のところ、提携しているのは都内最大手の国際自動車(港区)の一社だけで、開始から二週間で約六十件の依頼があり、うち85%を搬送した。同社の浅木隆康労務課長は「あくまで緊急を要しない患者さんを安全に搬送するのが役目。救急搬送でないという点など、制度の周知が必要」と話す。

 こういった民間の活用へのシフトは、救急出動の増加が背景にある。都内の場合、昨年は六十七万八千件。四十七秒おきに出動している状態で、五年前に比べて26%も増加し、平均到着時間も五十四秒延びて六分十八秒となった。心臓が停止して五分以内に救急措置ができるかどうかが生死の分かれ目とされ、本当に緊急を要する患者に対応できないケースも起こり得る深刻な状態といえる。

 問題は救急搬送した患者の約六割が軽症者で、都医師会の調査では軽症者の約三分の一は救急で運ぶほどでなかった、というデータもある。「どこの病院へ行けばよいかわからないから」といった安易な理由で救急要請するケースもあるという。東京消防庁救急管理課の熊井規夫主任は「一一九番が話し中になるといった事態も想定され、本当に緊急を要する患者を優先したい。そのために民間救急車、さらにタクシーと受け皿を広げてきた」という。

 全国の救急出動は昨年五百三万件で前年より4・1%増え、初めて五百万件を突破した。総務省消防庁は増え続ける救急出動に対応するため、今年五月、有識者や実務者らによる「救急需要対策に関する検討会」(座長・山本保博日本医科大教授)を設置した。民間の活用や緊急度の低い出動の有料化の可能性について議論し、来年春をめどに結論を出す予定だ。

 救急業務の民間活用は、「官から民」へという小泉改革の一環として検討されている。東京消防庁の試みを検証しながら、国民の幅広い意見を踏まえた方向付けが求められる。


ズーム

 民間救急車 民間の事業者が営業する有料の救急車。国土交通省の免許を受けた事業者について、所轄の消防本部が人員や装備などで一定の基準を満たした車両を認定している。人工呼吸や心臓マッサージなどができる乗員や装置を備え、車いすやストレッチャーを積み込むこともできる。総務省消防庁によると、全国で消防本部の認定を受けた民間救急車は273事業者の計494台(昨年10月1日現在)。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2005年09月26日 更新)

タグ: 医療・話題

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