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第39回 美作市立大原病院 へき地医療 地域の患者と真正面に 広がる山間部「訪問診療」に力

訪問診療で小嶋さんと談笑する大澤院長(右)

スタッフと打ち合わせをする塩路副院長(左から4人目)

 「先生、頼りにしとるよ。来月もお願いしますでなぁ」。美作市北部の山あいの民家。小嶋蔦江さん(88)はすがりつかんばかりだ。「分かった。必ず来るから。約束じゃ」。大澤亙院長(63)が笑顔でこたえる。

 別れ際に必ず繰り広げられる光景。「ああ言われると、いつも待っていてくれとるんだと、胸が熱くなります」。大澤院長は次の家に向かう車中、しみじみと話した。

 病院がある美作市北部は高齢化率約35%。交通の便が悪い山間地域が広がり、通院のすべを持たないお年寄りは多い。このため医師の側から患者宅に出向く「訪問診療」が欠かせない。

 現在の訪問先は全部で約四十軒。常勤医師六人が手分けして回っている。大澤院長の担当は十五軒。週一回二、三軒ずつ、一カ月で一巡するペースで訪問している。

 両ひざ痛を抱える小嶋さんとも、すっかり打ち解けた間柄。検温、血圧測定、聴診器による診察の後は、とりとめのないおしゃべり。前日のデイサービスで興じたというビンゴゲームの話に、楽しそうに耳を傾けた。

 ただ効率という観点からすると、訪問診療はやっかいな仕事だ。

 二時間ほどかけて三人の診察がやっと。雪の季節は車での移動に神経を使う。体力的にもきつい。この日も訪問診療を挟んで午前と午後に外来を担当。その後、当直をこなすこともある。

 「患者も家族も、医者が来るのを待っている。不採算でも、しんどくても、地域のために尽くすのが公立病院の使命でしょう」。大澤院長は話す。

        ◇

 地域に溶け込んだ医療―それを地でいくのが塩路康信副院長(41)だ。

 出身は浅口市。岡山県内の病院や診療所、母校・自治医科大(栃木県)で勤務した後、県のあっせんで二〇〇二年に赴任した。

 美作市にはそれまでまったく縁がなく、二年で大学に戻るつもりでいた。ところが土地になじむにつれ、迷いが生じてきた。「自分が去れば、患者さんも病院も困るだろう。見捨てていいのか」

 考えに考えた末、出した答えは「ノー」。「大学で先端医療に」という気持ちをしまい込み、この地で暮らす道を選んだ。

 「手術した患者さんが『こんなに元気になったで』と野菜やら黒大豆やら持ってきたこともあった。そりゃあ、うれしいですよ」

 四年前には病院から自転車で二分という場所に家を建てた。おかげで深夜や休日の呼び出しはしょっちゅう。奥さんに「最初からこうなると思っていた」と笑われるという。

 地域の人たちと真正面から向き合う日々。良いことばかりではないというが、確かなやりがいを感じている。「ここでの七年間は間違っていない」。そう確信している。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2009年01月19日 更新)

タグ: 医療・話題

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