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障害児の放課後考える - 福祉施設の現場から

施設へ迎えに来た秀実さん(中央)に抱きつき、髪をくしゃくしゃにして喜ぶ田中智康君

障害のあるなしに関係なく、折り紙などをして皆で仲良く過ごす児童たち=福田にこにこクラブ

 学校と家庭の間をつなぐ放課後の時間。どこでどう過ごすかは、子どもの自由な成長はもちろん、働きながら子育てをする親にも重要だが、障害のある子が過ごせる居場所は少ない。年々ニーズが高まる学童保育と制度改革に揺れる福祉施設の現場から、見失われがちなもう一つの子育て支援を考える。

福祉サービスの再編 不透明な事業展開

 「十月からはもう預かれないかもしれない」

 田中秀実さん(40)=岡山市奉還町=は今春、自閉症の長男智康君(13)が通う施設からそう言われ、あ然とした。

 岡山西養護学校(同市田中)に通学する智康君は放課後、秀実さんの仕事が終わるまで、学校のすぐそばの「わかくさ学園」(同市平田)で過ごす。母子家庭の秀実さんは、智康君とかかわりやすいように看護師の職を辞め、ファインメイクという民間の美容資格を取得、昨年八月に市内に店を開いたばかりだった。

 施設が受け入れに難色を示したのは、十月から本格施行される障害者自立支援法でサービス体系が変更されるからだ。

 現在、田中さんが利用しているのは「短期入所」のうちの日中数時間だけ預かるサービス。しかし、自立支援法ではこの「日中預かり」がなくなってしまうという。

■採算面の壁

 障害のある子を対象とした日中サービスのうち、放課後対策や親の就労支援は新しく「タイムケア事業」に移行する。市町村の裁量が大きい事業だが、必須事業として位置づけられていない上に「今の条件で手を挙げる事業者はいない」と岡山市障害福祉課は言う。

 厚生労働省は自立支援法に先立ち昨年五月、モデル事業としてタイムケアを実施。だが、その条件は利用時間が一日三時間以上▽土日祝日も開く▽年間五千~二千回(人数かける利用日数)以上利用し、下回った場合は補助金を返還する―という厳しい内容。このため県内では倉敷市で一カ所しか行われていない。

 もし、この条件のままだと、わかくさ学園は現在の短期入所と切り離し、専任の職員を複数配置するなど新たな設備投資が必要。しかも、同学園の日中預かりの利用は〇五年度約千回しかなく、条件に到底及ばない。

 「制度移行後の要綱が示されないと、はっきり言えないが、今の条件では採算に合わない。なぜ今のままではいけないのか」と二宮啓憲園長は不満を隠さない。

 重度の知的障害がある智康君は、家でストーブに近寄ってやけどをしたり、突然道路に飛び出したりと、ヒヤリとする場面が今まで何度もあった。「とても一人では留守番させられない。一体どうしたら…」と秀実さんは途方に暮れる。

■高いニーズ

 自閉症の女の子(15)が黙々とビーズ作りに励む間、隣ではダウン症の女の子(15)がドミノを組み立てる。それぞれアルバイトの大学生が付き、見守っている。

 岡山県内で唯一タイムケア事業を行っている倉敷市新田の「あそびくらぶ 工藤さんち」。NPO法人が食料品店を改良して昨年七月にスタート。現在、二十六人が利用者登録している。

 「中学や高校になると周りの子は部活動や塾で忙しくなり、障害児は家でテレビを見て留守番というケースが多い。他人とのかかわりがなくなる」と岡崎晴美施設長は学校と家庭以外の居場所の必要性を訴える。

 利用者はまだ少ないが、親たちのニーズは高い。倉敷市が昨年十二月に市内の特殊学級と養護学校の保護者に行ったアンケートでは「事業を継続すべき」と答えた人が54%と過半数を占めた。

 同市障害福祉課は「受け皿は必要。新法への移行後も市で独自に条件を緩和するなどして事業として位置づけていきたい」と話している。

学童保育 受け入れに学区差

 皆がおやつを食べているのに、その男の子は部屋の隅で一人段ボールに何かを書き続けていた。

 「あっちに行って座ろうや」。指導員の呼びかけに「書いとんじゃ」と男の子。「終わったら座ろうな」「分かった」。だが、いくらたってもやめない。指導員が再度座るように言うと、急に怒り出した。

 「その子にとっては本当にまだ終わっていなかった。だから、否定するのではなく、その子が続けていたことをまず受け止めるべきでしょうね」

 岡山市古新田、福田小学校の学童保育「福田にこにこクラブ」。運動場の片隅にあるプレハブの建物で藤田まり指導員(57)がそんなエピソードを披露した。

 男の子は発達障害の一つ・注意欠陥多動性障害(ADHD)。興味のあることだけに没頭するなど社会的ルールを身につけにくいため、周囲から理解されず怒られたり孤立したりしやすい。「障害の特性を理解した専門的なかかわりが必要」と藤田指導員は言う。

 同クラブには百人の児童が在籍。うち発達障害やダウン症など障害のある子が六人いる。〇五年度に比べ三人増えた。だが、藤田指導員は「今の体制のままでどこまで対応できるか…」と複雑な思いを打ち明ける。

■少ない加算

 共働き家庭などの小学校低学年の子どもが放課後を過ごす学童保育(児童クラブ)で、障害のある子の受け入れが進んでいる。

 国が二〇〇一年度、学童保育への補助金に障害児受け入れ加算を新設。岡山県は〇二年度、岡山市は〇三年度に加算を始めた。〇五年度末で県内二百六十一カ所の学童保育のうち、受け入れは八十四カ所百四十九人で、年々増えている。

 だが、まだ断られる例はある。その主な理由はクラブ側の体制不備だ。

 加算は岡山市の場合、一人につき三十四万五千円。ただし、六十八万九千円(二人以上)の上限があり、何人いてもそれ以上は増えない。

 「障害のある子にはより細かい目配りが必要だが、今の加算額では指導員を新たに雇用できない」と藤田指導員は言う。

 責任体制もあいまいだ。岡山市の学童保育は公設民営方式で、運営は地区住民による運営委員会に一任。指導員は「有償ボランティア」という位置づけで労災保険に入っていないケースも多い。

 にこにこクラブでも障害で感情が爆発しやすい子が物を投げつけるなどパニックを起こしたこともあり、「万が一」への心配は常にある。

 「指導員、保護者ともに不安を抱えている」と藤田指導員は言う。

■親の負担

 「学童保育で受け入れてくれる学区にわざわざ引っ越す親もいる」

 岡山市学童保育連絡協議会しょうがい児専門委員会の増田知代委員(38)は、住む学区によって子育て環境が大きく左右される現状を指摘する。

 公務員の増田さんには自閉症の小学五年の二男がいる。地元の学童保育に通えないため、放課後は有料の福祉サービスを利用。月約六万円の出費で、夏休みともなると十万円を越す。

 「障害のある子の親の多くが仕事を断念するのは就学時。その大きな理由に学童保育に入れないことがある」。増田さんは子育て支援としての充実を訴えている。

     ◇

 岡山市学童保育連絡協議会しょうがい児専門委員会は、保護者と指導員の文集「言葉をつむいで 想いをかさねて」(B5判、八十四ページ)をつくった。体験や思いを書き寄せている。一冊三百円。問い合わせは平福小内たけのこクラブ(086―902―2908)
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2006年06月09日 更新)

タグ: 福祉子供医療・話題

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