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対論―日本の針路 臓器移植

倉持武氏

見目政隆氏

 脳死者からの臓器摘出と移植を認める「臓器移植法」が施行されて9年余り。しかし、これまで脳死による臓器移植は49例にとどまっている。臓器提供を増やそうと、与党の有志議員から二つの改正案が国会に出され検討が進む。移植以外に助かるすべがなく、ドナーを待ち続け、やむを得ず海外に渡るケースも目立ち、患者家族や医療側の臓器提供件数を増やしたいという思いは強い。一方で、脳死臨調の答申をめぐって議論が交わされた時に比べ、臓器移植への社会的関心は薄れているのが現状だ。「対論―日本の針路」第11回のテーマは「臓器移植」。「臓器移植と生命倫理」の編著書などで知られる倉持武松本歯科大教授と、移植を受けた患者ら5団体でつくる「臓器移植患者団体連絡会」の見目政隆幹事に、今後の臓器移植はどうあるべきかを聞いた。


松本歯科大教授 倉持武氏 具体的なデータ公表を

 ―臓器移植法が施行されてから四十九の脳死移植が実施された。

 「移植手術の件数や生存数といった数字だけでなく、移植手術を受けた方々が、その後、どういう状況で生活しているのかといった個々の具体的データが公表されていないため、移植医療の効果がはっきり分からない。レシピエント(移植患者)だけでなく臓器摘出チームの派遣、コーディネート作業など総合的に莫大(ばくだい)な費用がかかっているが、それも公表されていない。レシピエントやドナー(臓器提供者)のプライバシーを考慮しても、公的費用で賄われている部分も大きいのだから公表が必要。情報を示すことで、社会全体がしっかり考えられるようになる。移植を願う人にとっても切実な情報だ。情報が示されていない現状ではレシピエント候補者へのインフォームドコンセント(十分な説明と同意)がきちんとなされているかどうか疑問だ」

 ―臓器移植法改正の動きが進んでいる。

 「現行の臓器移植法は施行時、三年をめどに施行状況をかんがみて改正を考えるとしていた。移植を受けた方々の状況をしっかりつかみ、運用やシステムを検証することがなされないまま、移植は良さそうだといったムードだけで現行法を変えるべきではない。少なくとも移植手術後のレシピエントの状況を示せば、法改正やドナーを増やす方策を進める根拠にはなる。現状では根拠がないのではないか。具体的なデータの公表なしには法改正を進めることはできないはずだ」

 ―与党の有志議員から二つの改正案が国会に出されている。

 「両案が掲げる親族への優先提供は反対だ。これは移植医療公平性の原則に反するし、親族間のやり取りは表面に出にくく臓器売買のような問題を頻発させる原因にもなる。また、A案は脳死を一律に人の死とし、家族の同意だけで臓器提供を可能にしており反対だ。臓器提供に関して、ドナーが確実に死亡している▽ドナー本人が臓器提供の意思を明確に表明している▽この意思を社会が受け入れている―の三点は必要条件。現行法はこれを部分的に満たしている点で評価するが、A案は全部否定している。また、子どもの脳は可塑性が強く脳死判定が難しいため、対象が子どもに広がることも反対だ」

 ―提供年齢を「十五歳」から「十二歳以上」までに引き下げるB案についてはどうか。

 「A案とB案の最大の違いは、本人意思表示原則を取るか取らないか。ここで区別すれば、B案は必要条件を一つ満たす。しかし、年齢の引き下げは意思表示に対する信頼性をおびやかすことにつながる。移植医療や脳死について何も知らない人がドナーになっていいのかという疑問点がある」

 ―宇和島徳洲会病院医師らによる病気腎移植問題で、移植医療のあり方が注目されている。

 「本来、医師は目の前の患者の治療に専念するべきだが、その患者以外の人に目を向けると医療が狂ってしまう。ドナーになった人に集中したら腎臓は使えなかったはずではないか。医師は本来、命の比較をしてはいけないが、移植医療はドナーとレシピエントの命の比較をさせてしまう。さらに、医療は人の死亡判定をできるだけ遅らせるべきだが、脳死判定をして死の判定を急いでいる。この二つが移植医療によって狂わされたと思う」

 ―改正へ向けて作業が進むいま、何を考えるべきか。

 「あらためて脳死を議論する必要がある。脳死の状態で子どもが生まれることもある。米国では脳死状態で二十一年間生き続けた人もいた。脳が機能しなくなっても統合機能は失われない場合があり、脳死が人の死だとは考えられない。基準をつくって脳死かどうかは判定できるが、死んでいるかどうかは別問題。死んでいれば自動的に使っていいという思い込みがあるが、人間が他の特定の人を自分の健康のために利用していいのか根本的な疑いを持っている。移植医療に懐疑的な理由だ。脳死をどう判定するか、脳死は人の死かという二種類の脳死議論に加え“死”なら使っていいのか“死”でなくても使っていいのかという問題がある。移植医療を広げようという前に、ここで立ち止まって考えてみる必要がある」


 くらもち・たけし 1942年生まれ。信州大文理学部人文科学科卒。名古屋大大学院文学研究科博士課程哲学専攻単位取得修了。松本歯科大助教授などを経て2005年から現職。著書に「脳死移植のあしもと」「臓器移植と生命倫理 生命倫理コロッキウム2」(編著)「臓器交換社会」(共訳)「治療を超えて」(監訳)など。


臓器移植患者団体連絡会幹事 見目政隆氏 世界と共通ルール必要

 ―米国で手術を受けた患者家族の立場として、日本の移植医療のあり方をどう思うか。

 「海外に渡って移植を受けることが恒常的な状態となっているが、臓器提供を他の国に頼り続けるのは問題だと思う。それぞれの国の人たちは日本人を救うために臓器を提供しているのではない。実際、海外の新聞で日本のやり方が批判されているのを聞く。なぜ、高い水準を誇る医療先進国の日本で国民を助けることができず、海外の病院にレシピエント(移植患者)を送らなければならないのか疑問だ」

 ―臓器移植法がなかった一九九五年、長男と長女が米国で脳死によるドナー(臓器提供者)から心臓移植を受けた。

 「日本の病院で小学五年の長男は心筋症で助かる方法がないと言われた。テレビのニュースで米国で心臓移植を受けた少女が無事帰国したのを知り、わらをもつかむ思いでルートを探し、いつ帰れるか分からない状況で会社を休職し渡米した。長男の移植手術後、元気だった小学三年の長女が現地で突然、同じ心筋症を発症した。日本に帰ったら助からないと現地で移植を決断し手術を受けた。現在、長男は大学院生、長女は大学生になり元気に日常生活を送っている。日本で移植が受けられない状況を変えなければならないと活動を続けている」

 ―臓器移植法ができて九年余りになるが、脳死移植が増えていない。

 「日本で移植が普及しないのは、臓器移植法が世界のルールと異なるから。米国や欧州など大半の国では脳死を人の死とし、生前の本人の意思がはっきりしない場合は残された家族が提供を判断するというWHO(世界保健機関)の指針に従っている。日本だけ異なったルールをつくって、そのツケを他の国に回すことは許されないのではないか。臓器移植法という法律がありながら国内では移植ができない。海外に行って移植手術を受けるのは、経済的、精神的、体力的に大変なこと。そのチャンスすらつかめず亡くなる患者も多い。移植をすれば救えた命が、どんどん失われている」

 ―現行の臓器移植法の問題点は。

 「本人の生前の意思を示すドナーカードがなければ臓器提供できない仕組みが問題。脳死は、くも膜下出血など突然に起こることが多い。自分の死を意識してドナーカードを常時携帯して意思表示する方がまれだ。そうしたケースを前提にするのは無理があり、これでは提供者の絶対数が少なくなるのも当然のこと。さらに十五歳未満の提供ができないため、同じくらいの大きさの臓器を求めている子どもを救うことができない。つまり、現在の法律は子どもたちが助からない法律なのだ」

 ―国会に提出された改正案のうち、B案は「十二歳以上」に年齢を引き下げ対象を広げた。

 「なぜ十二歳と条件をつける必要があるのか。一見、対象を広げているように見えるが、結局は子どもを救うことにつながっていない。十五歳以上という条件であっても提供者が出てこない現状があり、その解決策もなく年齢を引き下げても意味がない。年齢制限を設ければ、いつまでたっても問題解決できない」

 ―どのような法改正を望むか。

 「他の国々と同様、WHOの指針に従った法律にするべきだ。脳死に陥った本人の生前の意思が分からない場合、臓器の提供は家族の判断に従う、あるいは、本人の生前の意思が確実に分かるような仕組みを設ける。そして年齢制限を撤廃し、自国の国民を自国で助けられるという法律に改正してもらいたい」

 ―脳死臨調の答申をめぐって議論がわいた十年前に比べ、脳死と移植についての国民の関心が薄れたようにみえる。

 「移植をすれば助かるという理解は広まったと思う。臓器提供が進まないのは、法の問題が一番大きいので、法改正の論議をもっとオープンにして分かりやすい形で行い社会に理解を求めるべきだ。一握りの特別な人が移植を必要とするのでなく、実際は誰がいつどうなるか分からないことを理解してほしい。私も身にしみて感じている。日本の国内できちんとルール化して、みんなが安心して暮らせるように法律を整えておくべきだ」


 けんもく・まさたか 1955年生まれ。95年、小学6年の長男が心筋症の診断を受け、米国で心臓移植を受ける。現地で小学3年の長女が同じ病気を発病し心臓移植を受ける。96年、心臓移植を受けた患者・家族の会「ニューハートクラブ」(事務局・神戸市)のメンバーとなり、同クラブなどが加盟する「臓器移植患者団体連絡会」の幹事も兼ねる。埼玉県在住。


ポイント

 一九九七年十月に施行された臓器移植法は、臓器提供する場合に限って脳死を人の死と定め、脳死判定と臓器の摘出には十五歳以上の本人が生前に承諾の意思を書面で示し、家族がその意思に同意することを必要としている。脳死からの臓器提供者(ドナー)を増やすためには、この条件を緩和しなければならないとして、与党の有志議員から、二つの臓器移植法改正案が国会に出されている。A案とB案の二つの法案の狙いは同じだが、内容は異なる部分があり、それぞれに対して賛否両論ある。A案は、原則として脳死を人の死として、ドナー本人が臓器提供に拒否の意思を示していなければ、残された家族の同意で年齢に関係なく提供できる―としている。B案は、現行法の枠組みで、意思表示できる年齢を「十五歳以上」から「十二歳以上」に引き下げる―としている。患者団体は条件緩和を歓迎するが、意思表示できる年齢の引き下げは根本解決につながらないとして、年齢制限の撤廃を強く求めている。一方で、本人の提供意思が不可欠とする現行法の理念を覆すことへの反対意見も強い。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2006年11月28日 更新)

タグ: 医療・話題

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