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認知症患者「何もわかっていない」はまちがい  医事評論家・水野肇さん新著、従来の対応に疑問 「まなざしの介護」訴え

水野さんの新著「まなざしの介護 認知症をめぐって」

水野肇さん

 今や全国で160万人に上る認知症高齢者。「患者を見て『何もわかっていませんよ』という医師が多いが、これはまちがいではないか」。医事評論家の水野肇さんは新著「まなざしの介護 認知症をめぐって」で、従来の考え方に疑問を示している。「相当重症の認知症患者でも、実際にはわかっていることが多いのではないかと思う。ただ、言葉の機能を失っている場合が多いので、こちらが理解できないだけのこと」。多くの患者に会い痛感したという。

 水野さんが本書を執筆したのは、十年ほど前に委員をしていた厚生省(現・厚生労働省)の喫煙と健康に関する懇談会でのやりとりがきっかけ。「アルツハイマー病の発生率は喫煙者のほうが少ない」という英国の研究を取り上げたところ、「肺がんの権威」とされていた学者がこう答えた。「アルツハイマー病は、何もわからなくなるので本人にとっては極楽のようなものですよ。肺がんよりずっといい」

 こうした患者を突き放してしまうような考え方や病院、老人保健施設などの対応に疑問を感じ、取材した。

 水野さんによると、認知症は「簡単にいえば記憶喪失の状態」。老化による物忘れと混同されやすいが、「もの忘れの方は後で思い出すが、認知症は忘れたままで、『忘れたこと』すら忘れる」のが違いだ。

 ただ「認知症には実にさまざまな段階がある」という。まず、知識や理性、判断の記憶を失うが、食欲、性欲など本能に関与している部分や、自転車の乗り方や水泳のように身体で覚えている能力は長い間保持される。

 さらに驚かされるのは「私たちにはわからなくても、認知症患者たちの間には、それなりのコミュニケーションが成立していると考えるのが妥当」という見方だ。

 認知症は早期なら進行を遅らせることができる薬がある程度で、今のところ的確な治療法がない。それだけに患者への対応は医療より介護が中心になる。患者の約10%が起こす「物とられ妄想」やはいかいなどの問題行動も、不安と寂しさの中で生活している患者に優しく接することによって、姿を消していくのではないか、という。

 「患者とまともにたいして、じっと眼を見つめて介護しなくてはならない」と、水野さんは認知症の人の心に沿うケアを訴える。

 「この『まなざしの介護』こそ認知症患者の介護のスタートラインだと思う。そこからはじめないと本当の介護はできないのだと思う」

     ◇

 「まなざしの介護 認知症をめぐって」は四六判、一八九ページ。厚生科学研究所発行。一五七五円。


 みずの・はじめ 大阪外大を卒業し、1948年に山陽新聞社入社。60年に連載した「ガン・シリーズ」で日本新聞協会賞受賞。62年に独立し医事評論家。厚生労働省の審議会委員なども歴任。79歳。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2007年01月14日 更新)

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