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第4部 過疎地を守る (6) 種まき 研修通じ面白さ伝える

新任の鈴木医師(左)を患者に紹介する佐藤医師。後進の育成に力を入れている=1日、哲西町診療所

 待望の2人目の医師だった。

 中国山地の山あいにある社会医療法人運営の哲西町診療所(新見市哲西町矢田)。鈴木忠広医師(32)が今月1日、茨城県の病院での後期研修を終えて着任した。

 新潟市出身。岡山に縁はない。自治医科大付属病院(栃木県下野市)の初期研修医だった2006年1月、同診療所で1カ月の地域医療研修を受けた。この時、所長の佐藤勝医師(47)の仕事ぶりにすっかり感銘した。

 夜間、休日も急患に対応。併設の市哲西支局の保健師やホームヘルパーらと連携した「包括ケア」で住民の健康づくりにも力を入れていた。

 「情熱がすごい。この先生の下なら」。迷いはなかった。

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 哲西町診療所がこれまで受け入れた初期研修医は38人。多忙な診療の傍ら、若手医師の指導に力を注ぐ佐藤医師は「いわば、種まき」と話す。

 自治医大卒業後、出身の島根県の隠岐島で地域医療に取り組んだ。旧哲西町長に請われ、01年11月の同診療所開設に先だって、“無医町”だった町に着任した。

 「地域医療の面白さを伝え、自分の後に続いてくれる人を少しでも増やしたい」と佐藤医師。

 昨年8月には岡山大から実習生を迎えた。サラリーマンをへて医師を目指す医学部1年の脇地一生さん(33)。へき地など医師不足の地域で働く医師養成へ岡山県が09年度、初めて設けた地域枠の1期生だ。

 夏休みの5日間、診療所の官舎に泊まり込み、往診や高齢者のケア会議、健康教室に同行。地域が寄せる信頼感も肌で感じた。

 「仕事の幅が広い。漠然としていたへき地で働く医師像が具体的になった」。脇地さんは言う。

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 地域枠は07年の国の緊急医師確保対策に拡充が盛り込まれた。

 これを受け、岡山大は09年度から5人の岡山県の地域枠を設定。今春の入試では2人増やして7人にし、広島や兵庫、鳥取を加えた4県12人の枠を設けた。岡山県の場合、学生に毎月20万円の奨学金を支給。卒業後9年間、県が指定する医療機関で勤務すれば返還を免除する。

 だが、入学者は6人と定員を大きく割り込んだ。しかも、地域枠の学生が医師になるのは5年後。医師不足解消に向けた効果が出るには時間がかかる。

 ただし、「枠を設けたことで、一般の学生も地域医療への関心が高まった」と同大の 許南浩 ( ほうなんほ ) 医学部長。これまで先端医療中心だった大学自体が変わりつつあるという。

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 「病院まで通うことが大変な患者がいると分かった」

 「へき地に勤務する医師の必要性を実感できた」

 同大鹿田キャンパス(岡山市北区鹿田町)で2月中旬、哲西町診療所と金田病院(真庭市)、金光病院(浅口市)で研修した地域枠学生5人の体験発表会が開かれた。

 1年生段階での早期実習は地域枠だけのプログラム。会場の講義室は、医学部の1年生ほぼ全員を含む約100人で埋まった。

 脇地さんの発表に続き講演した佐藤医師は地域医療の魅力を説いた。

 「患者と深くかかわれ、医療を通し福祉や教育など地域づくりにも参加できる。自分も最初、嫌だったが、やる中で面白さが分かったんです」
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年04月10日 更新)

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