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(4)高齢者虐待の可能性

森脇正弁護士

佐竹睦美総看護師長

 一部患者の問題行動や医療事故など、病院内ではさまざまなトラブルが起きている。加えてコロナ禍によって現場の負担は増し、感染などをめぐって訴訟の提起も懸念されるようになった。病院が抱えるさまざまなトラブルにどう対処すればいいのか、医療現場の分かる弁護士が回答する。

<質問>

 先日、70代の女性が長男に付き添われて来院しました。体重は40キロ。ここ1~2カ月で5キロ落ち、体がだるいと体調不良を訴えていました。検査の結果、糖尿病が見つかり、軽い認知症もあるようでした。担当医が女性に日頃の生活を尋ねたり、治療の意思を確認しようとすると、長男が会話に割り込み、女性には答えさせようとしません。女性が話そうとすると、長男は「母は何も分かっていないから」などと言って、手をたたいたり背中を揺すったりして黙らせます。できれば治療を受けさせたくない、そういった感じです。他に家族はおらず、2人暮らしだそうです。診察の後、院内では精神的な高齢者虐待の可能性を指摘する声もありました。どう対応したら良いでしょうか。

<回答>病状把握と治療最優先
岡山弁護士会 森脇正弁護士


 精神的、肉体的な虐待を受けた高齢者の保護を国や市町村の責務と位置づけ、家族の支援もうたう高齢者虐待防止法は2008年4月に施行されました。しかし、その後も家族や親族、介護施設職員らによる虐待の事例は後を絶ちません。

 ご質問のようなケースでは、長男の行為は母親に対する虐待との評価を受ける可能性はあると考えられます。その場合、医療機関は市町村、地域包括支援センターへの通報、相談を求められることになります。

 とはいえ、患者が病気の治療を求めているのですから、医療機関にとっては当該患者の病状把握と治療が最優先となります。

 医療機関の姿勢としては、患者本人が訪れた限りは、まず第一番に医師は患者から直接、医療情報の獲得を図るべきです。医師が問診をした結果、患者本人が病気などのため適正な判断能力、理解能力が欠けていると判断すれば、補助者である付添者として家族らの協力を求める、という運びになります。

 ご質問の場合、医師の問診には、患者本人ではなく付き添いの長男が説明する姿勢を示しています。患者自身が自ら説明をする姿勢を示しても、長男はこれを阻止するそぶりを見せています。このため、結果的に診療がうまくいかないことも考えられます。

 このような場合、医療者はできる限り付添者との信頼関係を構築するように努めるべきは当然ですが、それが不能あるいは著しく困難な場合には、医師は付添者が患者の診療を妨害していると判断して、診察室からの退去を求めることも、その選択肢となります。

 付添者は患者の利益を強く願う人であるべきです。医療機関の観点から付添者がそのような気持ちを持っていないと判断した場合には、付添者と距離をとることも考えるべきです。

【現場の視点】介護者のケアも必要
岡山博愛会病院 佐竹睦美総看護師長


 ご質問にあるようなケースでは、患者さんはもちろんですが、介護者である息子さんのケアも必要なのだと思います。

 息子さんにとっては認知症が始まった母親に対するいらだちや、介護と仕事とを両立させなければならない生活の苦労があるでしょう。その一方で、母親の世話をしていることに自分の存在価値を見いだし、その意味では母親を必要としているのかもしれません。何らかの葛藤を抱えている様子もうかがえます。

 母親を連れて病院に来るのは、息子さんが母親の状態と今の生活を「何とかしたい」「何とかしてほしい」と思っているからです。

 ただ、不用意に介入すると拒絶を招きます。母親の世話を懸命にしていることを評価し「大変ですね」とねぎらいつつ、次の予約も取って、いつでも相談でき、いつでも来られる場所があるということをしっかり伝えたいと思います。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2021年07月05日 更新)

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