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ePROモニタリング QOL向上、生存期間延長 乳腺甲状腺外科 平成人教授

平成人教授

乳がんの手術に取り組む平教授(左)=3月、川崎医科大学付属病院(川崎学園提供)

 川崎医科大学付属病院乳腺甲状腺外科の平成人教授は、進行がんや再発したがん患者のQOL(生活の質)改善に取り組んでいる。スマートフォンなどを使って抗がん剤治療による副作用などの症状をきめ細かく医療従事者に報告してもらい、必要な対応をすることでQOLを向上させれば、有意義に過ごせる生存期間が延びることを実証しようとしている。6月に横浜市で開かれた日本乳癌学会学術総会では調査・研究の一端を発表。研究はどのような背景で進められ、現在どのような状況にあるのか話を聞いた。

  ―日本乳癌学会学術総会で発表したのは、どのような内容だったのですか。

 研究は2019年から中国・四国地域の多施設共同研究として着手しました。肝臓や肺などに転移があり、抗がん剤治療を受けている乳がんの患者さん71人(平均年齢53歳)に協力してもらいました。抗がん剤治療で現れる副作用、例えば倦怠感(けんたいかん)や痛み、しびれ、むくみ、不眠―などについて専用のアプリを入れたスマートフォンで2週間に1回、6カ月間にわたって報告してもらったのです。

 「ePROモニタリング」と呼ばれる手法です。まずはこの手法による研究が成立するのかどうか、どのような症状の報告の頻度が高くなるのか、そういったことを調査したのです。

  ―「ePRO」とは何でしょうか。

 まず、PROとは「Patient Reported Outcome」の略で、新たな薬や治療法の開発に向けた臨床試験などにおいて、医療従事者による評価を経ない、患者さん自身による報告のことをいいます。

 臨床試験での治療効果や副作用は、これまで医師が評価してきました。その場合、例えば、がんでは主に腫瘍の縮小効果や患者さんの生存期間など、数値化できる客観的な指標に注目してきたのです。

 ただ、そればかりではないはずです。生存期間が延びても薬の副作用で寝たきりの状態になったとしたらどうでしょうか。やはり「生活の質」もしっかり評価して治療を組み立てないといけないでしょう。

 当然のことですが、生活の質を左右する倦怠感や痛み、しびれ、吐き気などの重症度は患者さんの主観が伴います。それゆえに医師と患者さんの評価はどうしても隔たりが生じます。医師は過小評価しがちです。

 そこで医師ではなく、患者さん自身の評価を重視しようという機運が欧米で高まりました。そうすれば症状の悪化を早期に的確に把握でき、精度の高い診療が期待できます。

 2009年には、米国の食品医薬品局(FDA)が臨床試験においてPROを重視するよう促すガイドラインを示しています。

 ePROのeはelectronicで、専用のアプリを入れたスマートフォンやタブレット、パソコンなどの電子機器を使ってPROを行います。

  ―生活の質を重視することで、患者にはどのような効果が出るのですか。

 2016年に報告された米国での研究が有名です。さまざまながんの患者さんを2群に分け、1群にはePROによって痛みや疲労、呼吸困難感、吐き気、食欲不振などの症状を5段階で評価して報告してもらい、症状が重い場合は症状を軽くする対応がとられました。もう1群は通常の診療です。すると1年間の生存割合は、ePRO群は75%、通常の治療群は69%、6%もの差が出たのです。この結果は大きな驚きをもって受け止められました。

 やはり生活の質が向上しなければ生存期間は延びません。こうした成果を受け、現在、国内でもさまざまな研究機関がePROを用いた調査・研究に取り組んでいます。

  ―日本乳癌学会で発表した研究結果はどうなりましたか。

 参加いただいた71人のうち、結果的に約8割の患者さんが症状の入力を継続してくださり、研究として成り立つことが分かりました。報告の頻度が高かったのは、倦怠感やしびれ、痛み、不眠など生活に支障があるような症状が中心です。倦怠感や呼吸困難感などが強いと予後が悪いということも分かってきています。

 今、研究は新たなステージに入っています。ePROモニタリングの有用性を検証する多施設共同非盲検ランダム化比較試験(PRO―MOTE試験)が全国規模で始まっています。進行がんや転移・再発がんの患者さんを対象に、症状をモニタリングします。がんの種類はさまざまです。

 患者さんはスマホを使って定期的に症状を報告します。症状が重いと医師のスマホのアラートが鳴るようになっています。医師は患者と連絡を取り、痛みが強い場合は鎮痛剤を処方したり、抗がん剤の中止を指示するなど対応します。そうした丁寧なケアによる生活の質の向上が、生存期間の延長にどのようにつながるのかを実証しようとしています。

 患者さんの訴えに丁寧に対応することで、生活の質の向上と生存期間の長期化がエビデンスを持って示すことができれば、日本のがん医療は変わるかもしれません。

 たいら・なると 山口大学医学部卒業。岡山大学医学部付属病院、岡山労災病院、四国がんセンター、岡山大学病院乳腺・内分泌外科准教授などを経て2022年4月から川崎医科大学乳腺甲状腺外科学教授。日本外科学会認定医・専門医・指導医、日本乳癌学会専門医・指導医など。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2023年07月03日 更新)

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