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(6)適切な治療のために 倉敷平成病院認知症疾患医療センター長・神経内科部長 涌谷陽介

涌谷陽介センター長

 認知症の治療や療養の大きな三つの柱に、薬物療法、適切なケア、非薬物療法(リハビリ、デイサービスなど)が挙げられます。それらの重なり合いをできる限り早い時期から増やしていけば、認知症のいろいろな症状が改善・軽減し、進行も緩やかになると考えられています()。

 このことは認知症という病気による不自由さを抱えるご本人にとって、とても重要です。また、ご本人の症状が改善・軽減すればご家族など周りの人との良い関係の維持につながります。そのためには、適切な診断はもちろん、患者さん本人、周りの人たち、ケアスタッフ、医療スタッフの連携がとても大切になります。もちろん、それを支える地域の皆さんの認知症への理解や行政のサポートも重要です。(あれっ? 似たようなことを1回目も書いたような気が…)。

 薬物療法、適切なケア、非薬物療法のための重要な三つの要素は、1回目の図にも掲げた「病態を知る」「不自由さを知る」「その人を知る」だと思っています。「病態を知る」とは、ただ病名を知っているというだけでなく、認知機能のうちどんな機能が衰えているのか具体的に知ることです。「不自由さを知る」とは、その衰えた認知機能のために日常生活・社会生活にどんな不自由があるのか具体的に知ったり、前もって想像できたりすることです。医師である私は「病を診て人を見ず」の呪縛に陥ることも時としてありますが、認知機能の衰えに関わる生活状況だけでなく、これまでの人生を基にした「人となり」をお聞きするようにしています。より良い治療や療養のヒントを得ることもできます。

 さて、たった十数年前まで認知症の薬剤で医学的に効果が証明されているものはありませんでした。患者さんがすごい勢いで増えているのに、治療薬がなかったのです。もちろんお薬だけで認知症の全てが解決できるわけではありませんが、いろいろとお薬の工夫ができるようになってきたことはとても大切です。

 認知症の薬物療法は、認知症の症状を全て取り去るために行うものではありません。アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症のお薬として発売されている薬剤は無くなってしまった神経細胞を復活させる治療ではなく、まだまだたくさん生き残っている神経細胞やそのネットワークを元気づけ、活性化したり安定化させるためのお薬です。それらの帰結として、神経細胞が「生き残りやすくなる」(病気の進行が緩やかになる)のではないかという期待も持たれています。

 「コリンエステラーゼ阻害薬」に分類されるお薬は現在3種類あり、認知症(特にアルツハイマー型やレビー小体型)の脳内で減っている「アセチルコリン」という神経伝達物質を増やす働きがあります(表)。3種類の効果の差や優劣はまだはっきりしていないのが現状で、服薬回数(1回あるいは2回)や剤型(飲み薬、貼り薬など)を勘案して処方することになります。コリンエステラーゼ阻害薬のうち塩酸ドネペジル(商品名アリセプト)は、レビー小体型認知症の治療薬として最近正式に認可されました。他のコリンエステラーゼ阻害薬もレビー小体病の治療薬として応用される場合もあります。

 認知症(特にアルツハイマー型)の脳内では、神経伝達物質の一つ「グルタミン酸」が増えすぎ、かえって情報伝達の効率が悪くなったり神経細胞が傷みやすくなっていると考えられます。この増えすぎたグルタミン酸を抑え、神経細胞の情報伝達を安定化すると考えられる薬剤も使えるようになっています()。コリンエステラーゼ阻害薬との併用も可能です。

 脳出血や脳梗塞の結果として生じる血管性認知症の場合は、再発予防が最も大切です。危険因子となっている動脈硬化や生活習慣病(高血圧、糖尿病、高脂血症など)の適切な治療の継続が必要です。脳梗塞の場合は、抗凝固薬・抗血小板薬・脳循環改善薬といった種類のお薬も病態に応じて内服します(よく「血液をサラサラにするお薬」とか「脳の血流を良くするお薬」と言いますよね)。

 実はアルツハイマー型認知症の発症にも動脈硬化や生活習慣病が関わっていることがわかっています。しかも病気が発症する随分前のいわゆる「中年期」の生活習慣病が認知症発症の重要な危険因子と言われるようになりました。生活習慣病を指摘されたら「症状ないから大丈夫」と放っておかず、生活習慣や食生活を見直し、早めに適切な治療を受けましょう。

 認知症に伴って起こる心理的変化(不安やいらいら、怒りっぽい、疑い深くなる、妄想的になる、混乱しやすくなる―など)や行動の変化(夜起き出しゴソゴソする、出歩く、暴力を振るう―など)が、ケアの工夫や環境調整をしても軽減しなければお薬の調整が必要な場合もあります。

 それらの症状に対し前述の活性化や安定化のための認知症のお薬が必要なのか、むしろ減らした方がいいのか、あるいは向精神薬(抗不安薬、睡眠薬、抗精神病薬など)に分類されるお薬を使わないといけないのか、判断しないといけない場合もあります。また、これらの症状が急に起こる場合、意外にも体の変化(痛み、不快感、息苦しさ、便秘など)により引き起こされていることもあるので、注意が必要です。適切な対応や薬物調整のためにも「怒りっぽい」「妄想がひどい」といった抽象的な言葉より、その症状が起きた具体的な場面やご本人の言葉・態度・表情を教えていただく必要もあります。

 どんなお薬もそうですが、認知症に使われるお薬にもある程度の副作用があります。通常、飲み始めや量が増えた時に副作用が発現することがあります。いたずらに心配する必要もありませんが、医師や薬剤師の説明をきちんと聞き、気になることがあれば早めに相談しましょう。



 倉敷平成病院((電)086―427―1111)
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2015年05月18日 更新)

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