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第3部 揺らぐとりで (1) 野戦病院 救急車殺到 不眠の診療

救急隊員が搬送してきた患者を診察する竹中医師(中央)や看護師=津山中央病院救急外来

 午後7時前。4台の救急車が立て続けに到着した。医師と看護師が玄関へ飛び出す。

 1月下旬。岡山県北で唯一の救命救急センターがある津山中央病院(津山市川崎)の救急外来。この日の当直医は内科、外科、小児科、循環器科、研修医各1人と集中治療室(ICU)担当の3人。腸 捻転 ( ねんてん ) の緊急内視鏡治療を終えたばかりの内科の竹中龍太医師(40)が急いで診療に加わった。

 患者の1人は40代男性。最低気温が氷点下5・4度まで冷え込んだ屋外で倒れていた。「お名前は?」。呼び掛けるが反応は乏しい。まず血液検査。数値に異常はない。点滴で様子を見る。

 「足が痛い」と訴える70代女性を診る研修医にも竹中医師は目を配る。大事はなさそうだ。隣では小児科医が高熱でけいれんを起こした男児を治療。少し離れた処置室では救急医が自宅で倒れた70代女性を低血糖状態と診断、ブドウ糖の点滴を始めた。

 その間もタクシーやマイカーで患者が次々とやって来る。救急車の患者を優先するため、待合室では6、7人が待機。苦しそうな赤ちゃんの泣き声が響いた。

 救急外来のベッド12床はほぼ埋まっている。「手を貸して」「今、行きます」。医師の声に看護師が応じる。その1人が記者に漏らした。

 「まるで『野戦病院』でしょう」―。

  ~

 近隣の医療機関が救急体制を縮小する中、同病院には津山、美作市や周辺自治体から救急患者が殺到する。受け入れ数はここ10年で6割近く増え、昨年は約3万2千人。県境を越えた兵庫県佐用町からも受け入れる。

 心筋 梗塞 ( こうそく ) など重症患者もいるが、9割近くは入院治療の必要がない軽症患者。おのずと診療の中心は内科や小児科の当直医が担う。

 軽症受診を減らし医師の負担を軽くするため、病院は昨年9月、緊急性のない患者から3150円の時間外選定療養費を取り始めた。

 それでも、新型インフルエンザの流行もあり、患者数は一昨年から約千人も増加した。

 午後10時前。竹中医師が当直室のソファで夜食の弁当をかき込む。「“せかされ感”が常にありますね」

 診療は一段落したが、「これからの時間帯は救急に対応する病院が他にない。重症は必ず受けないと」。すぐに救急外来へ戻った。

  ~

 発熱や頭痛、腹痛…。患者は夜通し途切れない。大半は診察後、薬をもらうだけで帰る。一方、処置室では、心肺停止の状態で救急車で搬送された患者の家族に救急医が臨終を告げていた。

 軽症に見える中にも重症が潜む。「ここは命にかかわるかどうかを判断する場」と竹中医師。判断に迷う場合は入院で経過観察すべきだが、病棟のベッドは空きが少ないのが悩みだ。

 午前2時すぎ。足の痛みを訴える80代男性を診察した。軽症かと考えたが、糖尿病などの受診歴があった。触診で動脈が 閉塞 ( へいそく ) している恐れに気付いた。放置すれば足が 壊死 ( えし ) することもある。

 心臓血管外科医を自宅から呼び出し、緊急手術を手配。「見過ごさないでよかった」。竹中医師は思わず 安堵 ( あんど ) した。

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 <救急車11台、患者57人、うち入院10人>

 当直が明けた午前8時半。受付の事務員が「まだ少ない方です」と言って記録した。

 21人の患者を研修医と一緒に診た竹中医師。「きょうも一睡もできなかったよ」。目をしばたたきながら、日中の救急外来を担当する医師と交代した。

 昨年4月、岡山大病院から赴任。月2、3回の当直をこなす。「大学で救急を診ることはなかった。専門の消化器以外で生死にかかわるプレッシャーは大きい」と打ち明ける。

 「でも、来たからには地域の医療を支えないと」。勤務は前日朝から丸1日を超えたが、そのまま午前中の病棟回診へ向かった。

     ◇

 患者の受け入れ困難や疲労した医師の離脱など、医療崩壊の象徴ともされる救急医療。命を支える最前線で何が起きているのか探る。


ズーム

 救命救急センター 心筋梗塞、脳卒中、頭部外傷など重症患者を24時間体制で治療する都道府県指定の医療機関。国が3段階に分ける救急医療のうち最重度の3次救急を担う。1日現在で全国に221施設、岡山県は川崎医科大付属、岡山赤十字、津山中央病院、広島県は5病院、香川県は2病院にある。外来で対応できる軽症の1次救急は在宅当番医や休日夜間急患センター、入院が必要な2次救急は救急告示病院などが主に当たる。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年03月19日 更新)

タグ: 医療・話題

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