文字 

第3部 揺らぐとりで (4) 津山方式 薄れる医師の互助意識

救急患者用のストレッチャーを見つめる薄元院長。最近は使うことがほぼなくなった

 津山市中心部の住宅街に開業して47年になる内科、胃腸内科診療所・薄元医院。広い処置室にベッドが3床。ストレッチャーも備え、患者に酸素を供給する配管を壁に埋め込んである。救急患者の受け入れを考えたものだ。

 「私がこの世界に入った当時、津山では開業医が救急を診るのは当然だった」と、同市医師会副会長も務める薄元亮二院長(55)。1990年、父の跡を継いだ際、医院を建て替え設備を充実させた。

 深夜に心肺停止の重症患者が搬送されてきたことも度々ある。今も救急車は来るが、1、2カ月に1回ほど。それも腹痛など軽症患者が多い。

 「(受診が少ないのは)確かに助かるが、すべてを一病院に任せていいのか」。薄元院長は考え込む。

  ~

 津山方式―。そう津山の医師が誇った、全国でも先進的な救急のシステムがあった。

 地元の病院、診療所が当番制で夜間と休日に患者を診る。救急車も引き受ける。同市医師会の呼び掛けで1975年に始まった。

 しかし、99年に移転、新築した津山中央病院(同市川崎)が「救急を断らない」方針を掲げたのを境に、こうした地元の医療機関を受診する救急患者は減少した。

 このため、夜通しだった夜間診療を2000年に午後10時までに短縮。一医療機関あたりの受診が一夜に3、4人程度にまで減ると、当番制から脱退するところも出てきた。

 06年には夜間の診療を中止。休日昼間の在宅当番医制だけが残った。

  ~

 「CT(コンピューター断層撮影装置)やMRI(磁気共鳴画像装置)など設備が整う大病院を患者は志向し、医師も患者とのトラブルや訴訟などを恐れ救急から離れていった」と薄元院長。

 一方で、休日の在宅当番医の需要は昨年、内科だけで約6千人。同じ休日昼間の津山中央病院の受診者を上回った。ただ、参加医療機関は市内の内科、小児科の48%、32カ所にとどまる。

 休日対応できるスタッフ不足や医師の高齢化とともに、参加が広まらないのは「医師の考えが変わってきたため」と薄元院長はみる。

 「当番医制は本来、住民サービスに加え、医師の相互扶助の意味合いも大きい。休日にかかりつけの患者に何かあっても(別で)診てもらえる安心感。その互助意識が希薄になっている」

  ~

 岡山県が1月にまとめた地域医療再生計画の津山・英田版。地元の市町や医師会の協力で「休日夜間急患センター」を2011年度から3年間で整備し、患者が集中する津山中央病院の救急外来の軽症受診を減らすことを盛り込んだ。1次救急に手をとられると、入院が必要だったり重篤な患者を診る2次、3次救急に影響が出かねないためだ。

 同センターは岡山や倉敷、新見市などにある。しかし昨年春、津山市医師会の47医療機関に行ったアンケートでは、開設した場合に「執務する」と答えたのは36%の17カ所だけだった。

 薄元院長はこう問い掛ける。

 「津山中央病院の救急外来が機能しなくなったとき、困るのは地域の医療機関でもある。その認識を持って考えてほしい」
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年03月22日 更新)

タグ: 医療・話題

カテゴリー

ページトップへ

ページトップへ