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第4部 過疎地を守る (3) 小児科専門医 市内で唯一 高まる信頼

診察する新見中央病院の藤本医師。市内唯一の小児科専門医として活躍する

 岡山駅午前7時5分発。特急「やくも1号」には、いつも新見市へ向かう医師が何人か乗っている。

 新見中央病院(新見市新見)小児科の常勤医、藤本喜史医師(46)の姿もその中にあった。岡山市の自宅を6時半に出て、9時の診察開始の20分前には診察室に座る。

 2月上旬。もう患者は待っていた。おでこに熱冷ましのシートを張り母親に抱かれた幼い女の子だ。

 9時が近づくと2組、3組と親子がやってきた。この日の受診は30人余と、新型インフルエンザが流行した昨年末の半分程度。初めて診たのは1人だけだった。

 この病院に来て今月で5年目。「知った顔が増え、患者や家族と信頼関係ができた」と感じている。

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 藤本医師は同市で唯一の小児科専門医だ。

 市の度重なる要請で、出身の岡山大が藤本医師の派遣を決めたのは2006年。自ら手を挙げた。隣の高梁市出身。岡山市立市民病院の小児科部長から転身した。

 「岡山市は小児科医がたくさんいる。困っている地域で役に立てればという思いだった」と藤本医師。

 診療以外にも、週1日は新見公立短大(4月から新見公立大)での小児看護学の講義や市の健診を受け持つ。

 産科などと同様、医師不足が深刻な小児科は、地域格差が顕著でもある。15歳未満人口1万人当たりの小児科専門医の数(08年)は、岡山市など県南東部12・1人に対し高梁・新見圏域は7・7人だ。

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 藤本医師が着任するまでは新見中央病院に非常勤医が週3回来るだけだった。内科開業医を頼ったり、真庭市や庄原市、鳥取県日南町の病院に足を運ぶ―。子どもを持つ保護者らの不安や負担は大きかった。

 「藤本先生がいてくれる安心感は大きい。大切にしたい意識を皆、持っている」。市民でつくる「新見市の小児医療を考える会」の宮脇克志さん(34)=同市長屋=は話す。05年3月、約1万4千人の署名を市に提出、藤本医師派遣の“原動力”となった。

 小児科専門医の存在は、地域の医師の安心感にもつながった。

 「子どもの病気で怖いのは脱水症。でも、血管が細く水分補給のための点滴が難しい。身近に専門医がいるのは助かる」と内科が専門の診療所医師。診察に迷う場合はアドバイスを求めたり、患者を受け入れてもらうこともある。

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 藤本医師は午後6時半に新見を離れる。その後をフォローするのは開業医たちだ。平日の夜7時から2時間、市の準夜間診療所に当番で詰める。年400人前後の患者の多くは子どもたち。月に2~4回受け持つ吉田徹医師(53)は「小児医療の受け皿として一定の役割を果たしている」と話す。

 それでも、深夜や休日には救急車で岡山、倉敷市の病院に運ばれる子どもがいる。藤本医師自身、「夜も新見にいてほしい」という切実な願いをひしひしと感じ、 葛藤 ( かっとう ) もある。

 だが、医療の現実を取り巻く環境はあまりに厳しい。「たった1人で頑張り過ぎると燃え尽きてしまう。今は長い目で地域の小児医療を見つめたい」

 この先もずっと新見で、と思っている。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年04月06日 更新)

タグ: 子供医療・話題

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