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第4部 過疎地を守る (5) ドクターヘリ 迅速な要請へ判断磨く

新見市内で患者を収容するドクターヘリ。へき地の救急医療の切り札だ

 山並みを背に、ごう音が近づいてくる。

 2月上旬。救急車と落ち合う新見市中心部の城山公園に、川崎医科大付属病院(倉敷市松島)のドクターヘリが着陸した。患者は心不全の70代男性。収容すると、あっという間に南の空へ消えた。

 川崎医大病院の高度救命救急センターまで、救急車だと1時間。ヘリはわずか15分ほどで到着する。

 高度な救急医療を行える病院が周囲にない新見市。医師が同乗し治療機器を備える「空飛ぶ救命室」は、一刻を争う重篤な患者を救う切り札だ。

 2008年度、岡山県ではドクターヘリが425回出動。このうち、新見市消防本部の要請は44回と1割を占めた。

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 新見市内で木材建材販売会社を経営する西森悟さん(62)=総社市泉=は、あの日からヘリの音を特別な思いで聞いている。

 2月下旬、新見市内の作業場でトラックから製材を降ろしている途中、天井クレーンがレールから外れ頭を直撃した。大量の出血。救急隊はドクターヘリを要請した。

 「ヘリの音が聞こえた瞬間、助かったと思った」

 脳にも頭の骨にも異常はなく、頭と左耳をそれぞれ14針縫う程度で済んだ。傷あとは痛々しいが、数日後に仕事へ復帰できた。事故以来、機会があるごとにヘリの有効性を知人に話している。

 こうした実績を基に市は、原則として午前9時~午後5時に限られる運航時間の延長を、同病院や経費を負担する岡山県に要請している。

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 ドクターヘリは2001年、国内で初めて同病院で本格運用が始まった。全国的な配備を目指す特別措置法が07年に成立したのを受け、今年1月末現在で17道府県の21病院に広まっている。

 3月上旬に倉敷市内で開かれた航空医療の公開講座。ドクターヘリの国内導入に尽力した日本航空医療学会理事長の小濱啓次川崎医大名誉教授(71)が熱弁を振るった。

 「ヘリは消防から要請がないと飛べない。救命率を向上させるには、119番から要請までの時間をゼロに近づけることだ」

 その時間は全国平均で15分。短縮には救急隊員の判断力の向上が欠かせない。

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 「トリアージでいえば『赤』と『黄』の中間が難しい」。新見市消防本部の小林弘典救急救命士(35)はヘリ要請を迷う場面を挙げる。

 トリアージは、災害現場などで多数の傷病者の重症度を判定する基準。4段階で治療の優先順位を決定する。赤は窒息やショック状態など最優先で治療するケース。黄は処置が必要だが、脈拍や呼吸などが安定し生命の危険はない患者だ。

 安易な要請は、ヘリが不在で救える命を救えない事態につながる。かといってヘリ搬送が必要な患者を見落とすわけにはいかない。

 小林救命士は要請したヘリ搬送が正しい判断だったのか、受け入れ病院の医師に検証を依頼、結果を他の隊員らと共有している。

 「今のところ、ヘリを呼んで後悔したケースは1回もない」。経験の積み重ねと日々の努力が自信へとつながっている。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年04月09日 更新)

タグ: 医療・話題

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