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(12)地域連携 万成病院 小林 建太郎院長(56)

ひまわりサロンの餅つき大会で、地元の町内会長と談笑する小林院長(中央)

周囲の偏見なくすため交流
心の病気への理解広める


 「よいしょ! よいしょ!」

 老若男女の掛け声と手拍子に合わせ、男性が力強くきねを振り下ろす。大きな石臼を囲む人の輪に、自然と笑顔が広がる。

 万成病院の精神障害者社会復帰施設・ひまわり寮で1月に開かれた餅つき大会。2003年から続く毎月恒例の地域交流行事・ひまわりサロンだ。寮の入所者や職員、地域住民ら計40人ほどが参加。石臼は町内の人が貸してくれた。

 「いつもお世話になってます」

 「いいえ、楽しみが増えてうれしいんですよ」

 小林と住民の何げない“ご近所同士”の会話。統合失調症から回復過程にある男性が、つきたての餅を頬張りながら加わった。「みんなで食べるとやっぱりおいしいな」

 「数年前までは地域との間に“高い壁”を感じていた。病院側は『迷惑をかけない』、地域には『かかわりを持たない』という暗黙の了解がありましたね」

 そう振り返る小林の名前に「建」の字が使われているのは、父の滋(89)=名誉院長=が病院を創立した年に生まれたから。生い立ちは、病院の歩みと重なる。

 小学校の授業中、騒ぐクラスメートが教諭から「万成病院に入れるぞ」と注意されたのを聞き、ひどく傷ついた。病院敷地内の自宅へ帰ると、開放病棟の入院患者とキャッチボールや魚釣りをして遊んでいた建太郎少年。「普通のおじさんなのに、何であんな言われ方を…」。悲しいだけでなく、違和感もあった。

 昼夜を問わず働く父を助けたいと精神科医に。双極性障害(躁(そう)うつ病)の研究をしながら大学病院で10年間働いた後、万成病院で幅広い症例に触れ、変わったことがある。「病気より、人を診るようになった」というのだ。

 薬の種類と量、症状の関係をずっと追っていたのが、社会生活を営む上での障害を取り除く方法を深く考えるようになった。症状は薬でコントロールできる。怖いのは「孤立」。最も大きな障害は、幼いころから感じてきた周囲の偏見だと気付いた。

 統合失調症などで5年、10年と長期入院し、帰る場所のない人がいる。ひまわり寮では症状の安定した人が生活費のやりくり、炊事や洗濯、薬の服用管理などの訓練を経て自立を図るが、アパート契約を断られることや、孤独に耐えられず再入院するケースも目立った。そんな不幸をなくすため、「地域と病院の架け橋」を目指したのが、ひまわりサロンだ。「入院医療中心から地域生活中心へ」という、国の精神医療政策の転換(04年)に先駆けた取り組みだった。

 お花見ウオーク、クリスマス会、うらじゃ踊り、吹奏楽コンサート…。イベントは多彩で、時には300人が訪れる。入所者は住民と顔見知りになり、町内会の廃品回収や用水路の清掃に参加。夏祭りではやぐらを作り、感謝されている。自立後のアパートの契約はスムーズになり、スーパーで買い物中に声を掛けられるようになった。

 「偏見が薄れると同時に、寮の生活者が人の役に立っていると自信が持てるようになったのは大きな成果」と小林は強調する。

 地域連携には、もう一つ重要な意義がある。統合失調症のほか、うつ病、認知症といった精神科がかかわる病気への理解を広め、早期治療につなげることだ。

 院長になって以来、認知症などをテーマにした公開セミナーを随時開催し、出前講演も行っている。「地域連携室」を05年に開設、診察に抵抗を感じている人や家族が気軽に相談できるようにした。

 09年にはひまわり寮入所者らが学校に出向いて体験を話す「心の病気を学ぶ授業」をスタートさせ、生徒や保護者の共感を得ている。今月4日のこと。京山中(岡山市北区津島京町)の2年生を対象にした授業で、小林は静かに言った。

 「百パーセント心が健康な人はいない。百パーセント心が不健康な人もいないんです」

 病気になるのは特別な人ではない。そのことを次世代に伝え、さらに壁を低くしようとしている。

 (敬称略)

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 こばやし・けんたろう 川崎医大卒。同大付属病院精神科講師を経て、1992年から万成病院副院長。2001年から現職。

 趣味はスポーツ観戦、熱帯魚の観賞。

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 統合失調症 考えや気持ちがまとまりにくくなり、困難や苦痛を感じ、回復のために治療や援助が必要になった心の状態。妄想や幻聴のほか、感情の鈍化、思考力の低下などの症状がある。国内の患者は約100万人と推定され、思春期から青年期に発症することが多い。脳内の神経伝達物質のバランスが崩れることが影響していると考えられ、精神的ストレスが引き金となることがあるが、原因は明確でない。抗精神病薬を投与する薬物療法、診察中の会話などによる精神療法、作業やレクリエーションを通して生活上の問題を解決するリハビリが行われる。2002年まで「精神分裂病」と呼ばれていたが、人格否定や誤解につながるとして日本精神神経学会が呼称変更した。

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 外来 月〜土曜の午前9時〜正午、午後1〜5時。新患は要予約。小林院長の診察は木曜。

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万成病院

岡山市北区谷万成1の6の5

電話086―252―2261

メールアドレス

mannari@mannari.or.jp
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2011年02月21日 更新)

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