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(14)口のにおい 朝日高等歯科衛生専門学校校長 渡邊達夫

 「あの人、いい人なんだけど口が臭うから、なかなか一緒に行動できないのよ」

 「あそこのスーパーのレジの人、口臭がするからいやだね」

 「あの看護師さんも臭うんよ」

 「先生、悪いけどあいつの口臭、診てやってくれ。本人には言えないので、大学病院の予防歯科へかかってみろって勧めとくから」

 「お前、口臭がするぞ」とは、男同士であってもなかなか言えない。

 口臭は人を遠ざける。接客業では口臭が業績にまで影響する。「口が臭いよ」と言われてから、人前に出られなくなってしまった人もいる。ひきこもりになった例、口臭がいじめの発端になったケースもある。一方、治療をして口臭が治ったことを知ってから、闊達(かったつ)に明るく生活している人もいる。

 口臭の患者さんで一番かわいそうなのが、ご本人は口臭があると言っているのに、歯科医や専門家が認めてくれないケースである。40〜50歳代の女性に多い。患者さんに鼻を近づけても臭わないし、器械で測っても陰性である。どんな時に臭うのかを聞くと、玄関を出た時隣の奥さんが目をそらしたのは私に口臭があるからだ、電車で隣の人が口にハンカチを当てていたのは私の口が臭うからだ、あの人が私を見ると嫌な顔をするのは口臭があるからだ、ということなどがある。そんな時歯科医は何もできないので、患者さんのお話を聞くだけになってしまう。本当はその人が敏感すぎて、周囲に気を使いすぎているのだろう。もっとノホホンと生活している人が多いのだから、その方法を教えてもらうのも一つだし、精神科の先生に相談するのも一つである。

 ある歯科医院に行ったら、歯周病やムシ歯が原因で口臭がすると聞いたので歯を抜いてもらった。今度は歯を全部抜いてくれ、という患者さん。このような人は総じてきれいな歯をしている。歯医者のおごりかもしれないが、口臭は感じられないし、きれいな歯を抜くわけにもいかない。患者には自己決定権があるのだから、抜いてくれさえすればいいのだ、といわれると歯医者も困ってしまう。

 匂い(薫、香、臭)は動物においては本能と密接な関係にあり、人間においては感情に結びついた記憶と関連している。好き嫌いの選択にも、匂いが関係していると説く人もいる。本人はもちろん、他人も感じていない匂いを、敏感な人が嗅ぎ分けて、特定の異性の体臭を好きになってしまうこともあるらしい。こんなケースではお互いがつらい思いをし、微妙な問題にまで発展してしまう。

 「つまようじ法」が最も得意としているのは、器械で陽性に出る口臭である。奥さんから口が臭いといわれて予防歯科に来た患者さん、数回診療してから聞いてみたら、「もう治った」とのことだった。「つまようじ法」の術者磨きをするだけで口臭が治る。これは大きな発見である。昔から口臭治療には、うがい薬や舌の上の汚れ(舌苔(ぜったい))を掃除することなどが言われていて、必ず「時間がかかり、根気のいる治療です」という条件が付けられていた。舌の上を掃除する舌ブラシというのも売られているが、「つまようじ法」を実行すれば7〜8回の来院で治っていくのである=グラフ参照。Aさんの例では、初診時1150ppb(ppb=10億分の1)もあった臭いが、7回来院後には50ppbにまで下がったのである。他人が口臭を感じるぎりぎりの境界を認知領域と言い、この口臭測定器では100ppbが境界で、Aさんは口臭がなくなったことになる。Bさん、Cさん以下、ほとんどの人の口臭が無くなっている。

 私が経験した口臭は「つまようじ法」で治っているが、口臭の原因は何種類もあり、「つまようじ法」だけでは治らないものもあるようだ。胃腸が原因の口臭や膿栓(のうせん)という白いゴマのような塊がのどに出来て起こる口臭などもあるが、まれなケースだ。日本人と西洋人の口臭は違うという人もいる。口臭はまだ完全に解決されていない。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2012年09月17日 更新)

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