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認知症 治療の転換期、新薬登場 脳神経内科 森原隆太講師

森原隆太講師

 世界で患者が増え続けている認知症の治療が今、転換期を迎えようとしている。認知症の多くを占めるアルツハイマー病の新たな治療薬「レカネマブ」が登場したからだ。原因物質に直接働きかけ、症状の進行を遅らせる効果が示された世界で初めての薬となる。米国では既に実用化され、国内では製薬会社からの申請を受けて審査が行われている。現在、認知症はどこまで分かっているのか。岡山大学病院脳神経内科の森原隆太講師に聞いた。

  ―厚生労働省の推計によると、日本の認知症患者は2025年には約700万人、65歳以上の5人に1人になるともいわれます。その原因は何でしょうか。

 認知症は、脳の病気などにより、記憶や判断力といった認知機能が徐々に低下し、日常生活に支障が出てくる状態をいいます。

 原因となる疾患にはいろいろあり、1番多いのがアルツハイマー病で7割近くを占めます。次いで脳血管性認知症が2割程度あり、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症が続きます。

 アルツハイマー病の原因については「アミロイドカスケード仮説」が最有力です。アミロイドβ(ベータ)(Aβ)というタンパク質の蓄積が契機となって、ドミノ倒しのように連鎖的に物事が進んで認知症に至るというストーリーです。レカネマブもこの仮説に基づいて作られました。1990年代に提唱されたのですが、いまだに“仮説”であるというところに問題の深さ、複雑さがうかがえます。

  ―どのようなプロセスで発症に至るのでしょう。

 Aβは、APP(アミロイドβ前駆体タンパク質)をもとに、神経細胞の中で正常な人にも普通に作られている生理的な物質です。通常、役目を終えると分解され、血管やリンパ管などを通じて排出されます。ところがAβが脳内に蓄積すると、次第に寄り集まって線維状の塊である老人斑を作っていきます。ここまでくると排出はできなくなります。

 そして、Aβの蓄積がトリガー(引き金)となり、神経細胞の骨格を形作っているタウタンパク質のリン酸化が進んで、つまり神経細胞内の異常な変化(神経原線維変化)が促進され、神経細胞死に至るというのがアミロイドカスケード仮説の大まかな流れです。

 要するに、Aβが多く生み出されたり、分解と排出が追いつかなかったりして、脳内にたまりすぎるのが問題なのです。

 アルツハイマー病の5%弱は遺伝が関与している家族性の患者さんです。APPなどに遺伝子の変異があってAβが過剰にできたり、蓄積しやすい種類のAβができやすいといわれています。95%を占めている孤発性の患者さんでは分解と排出の能力が落ちていて、動脈硬化や高血圧、糖尿病などが関与しているようです。

  ―アミロイドカスケード仮説が提唱されて約30年。レカネマブが開発されるまで、その有効性には疑問が生じたときもありました。

 アルツハイマー病の原因が本当にAβなのかどうか、病気の発症にはさまざまな要因が絡んでいるので何を標的をするのかがとても難しかったのです。

 実は、認知症の兆候はおよそ25年前から現れます。一部のAβが脳脊髄液に排出される量が減少し始め、15年前からはAβの脳内での蓄積が見られます。神経細胞の死滅は発症の10~5年ほど前から始まっているといわれています。つまり、アルツハイマー病を発症し、老人斑ができるころには既に多くの神経細胞が死滅していて、そのころになってAβをターゲットにした薬を投与しても遅かったのです。

 研究が進むうち、Aβそのものではなく、Aβが寄り集まって、老人斑という塊になる前の段階「プロトフィブリル」に強い毒性があることが分かりました。これをターゲットに開発されたのがレカネマブです。病気の進行を防ぐ形でAβ同士が集まらないようにブロックしたり、除去を促したりします。

  ―現在、レカネマブについては国の審査が続いています。製造会社によると、9月末には承認を得て、年内には国内販売を開始したいと話しています。

 レカネマブの投与対象は軽度認知症の患者さんになります。体重に応じた量を2週間に1回、点滴注射で投与します。

 臨床試験では、偽薬投与群と比べて1年半後の症状の悪化を27%抑制することが確認されています。投与していない場合に比べ、症状の進行が27%ゆっくりになるということですが、その効果が実感しにくい、という声も聞かれます。副作用も報告されています。価格は、米国では年間三百数十万円に設定されました。

 今も世界各地で研究は進められています。岡山大学でもそうです。米国ではAβとタウタンパク質の両方をターゲットにした研究も始まっています。レカネマブを契機にアルツハイマー病の発症プロセスに関する研究が一層進めば、病気の進行を止めるなど、より効果の高い薬の開発が見込めるでしょう。

 もりはら・りゅうた 岡山大学医学部卒業、同大学大学院医学研究科修了。カナダトロント大学ポスドク研究員を経て2020年から岡山大学病院脳神経内科助教、21年から同講師。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2023年07月17日 更新)

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