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過敏性腸症候群(IBS) チクバ外科・胃腸科・肛門科病院外科部長 根津 真司

ねづ・まさし 広島県立尾道北高、高知医科大卒。岡山大第一外科、高知県立中央病院、同県立宿毛病院、大原町国保病院を経て、1994年からチクバ外科・胃腸科・肛門科病院勤務。日本外科学会専門医、日本大腸肛門病学会専門医。52歳。

 過敏性腸症候群とは、主として大腸の運動および分泌機能の異常で、腹痛や腹部不快感を伴う下痢や便秘などの便通異常が慢性的に繰り返される疾患です=図1参照。以前は大腸の機能異常によって引き起こされる病気と考えられ、「過敏性大腸症候群」と言われていましたが、大腸だけではなく小腸にも関係することからこのように呼ばれるようになりました。

 この病気は先進国に多く、日本では5人から10人にひとりがこの病気で悩んでいると推定されます。20~40歳代の若い人に多く、やや女性に多くみられるようです。

症状

 個人差はありますが主な症状は、便秘(腹痛を伴う)、下痢(腹痛を伴わない場合もある)、便秘と下痢を繰り返す(腹痛を伴う)タイプの3種類です。腹痛にはキリキリする痛み、差し込むような痛みなどありますが、排便をすることによって軽くなることが多いです。そのほかの症状としては、腹部不快感や、排便パターンが日によって変わる、などがあります。腹部不快感は、おなかがスッキリしない状態でおなかが張る、空腹でもないのにおなかがグルグル鳴る、などの症状です。

 排便の状態は、排便後もスッキリ感がないため何回もトイレに行ったり、実際は排便がないのに、何度もトイレに行きたくなったりします。

 腹部症状以外にも不眠、肩こり、頭痛、食欲不振、手足の冷え、倦怠(けんたい)感などの症状や、不安感や気分の落ち込み、イライラ感などの心理的な症状を伴うこともあります。

 過敏性腸症候群は、直接命にかかわるような疾患ではありません。しかしこの疾患で悩んでいる人は、社会生活が制限されたり、生活の質がかなり低下したりします。食事をするたびに腹痛があれば、仲間と外食することもできず、いつ何時便意が襲ってくるかと思うと、外出や旅行などやりたいことも躊躇(ちゅうちょ)するようになります。

診断基準

 過敏性腸症候群は、内視鏡や組織検査などの特別な検査によって診断されるのではなく、前記のような症状から一定の基準を用いて、診断をしていきます。代表的な診断の基準が、ROMA(ローマ)IIIとBMW基準です=表1、2参照

 前記のいずれの診断基準も満たしていなくても、器質的疾患がなく、患者さん本人に、腹痛や腹部不快感などの症状が出ている場合は、過敏性腸症候群としての治療を要する場合もあります。

発症の原因

 過敏性腸症候群の発症には、さまざまな要因が関与していると考えられます。なかでもストレスの影響が大きいと考えられています。腸は「第2の脳」といわれるくらい脳と密接な関係があります。最近、体内の神経伝達物質(情報伝達をつかさどる化学物質の総称)のひとつであるセロトニンが、症状発現に大きくかかわっていることがわかってきました。体内にあるセロトニンの90%は腸内に存在し、8%くらいが体内を循環し、約2%が脳の中枢神経に存在しています。脳にストレスなどの刺激が加わると、腸内のセロトニンが分泌されて、腸の運動に異常が起こり、腹痛や下痢などの症状を引き起こします=図2参照

 一部の患者さんでは、感染性腸炎(食中毒など)の後に発症しやすいこともわかっています。何らかの免疫の関与も考えられます。さらに、ストレス以外にも大腸の形態異常(腸管のねじれなど)によって引き起こされるという報告もあります。

治療

 主な治療法としては、日常生活の改善や食事の指導、運動療法、薬物療法、心理療法などがあります。

◆日常生活の改善・食事・運動療法 

 規則正しい食習慣を心がけることから始め、大腸の働きを正常にするようにしていくほかに、下痢を繰り返している場合は、香辛料や冷たい飲食物、脂っこい物を避けます。アルコールも下痢の原因になる可能性があるので、控えた方がよいでしょう。便秘を繰り返している場合は、香辛料などの刺激の強い食品は避けつつ、水分や食物繊維(野菜・キノコなど)を多く摂とるよう心がけるようにします。ただし、食事療法にこだわりすぎて症状が悪化したり、栄養が偏ったりすることもあるので、バランスよく無理なく行うことが大切です。

 また適度な運動は腸の働きを整える効果が期待できるほか、気分転換やストレス解消にもなります。体操や散歩などの軽い運動を生活に取り入れましょう。旅行や趣味などでリラックスをはかることもよいでしょう。

◆薬物療法 

 薬物療法では症状に合わせて治療薬が処方されます。

・セロトニン3受容体拮抗薬=腸で作用するセロトニンの働きを抑え、腸の運動異常を改善します。下痢を繰り返す男性の過敏性腸症候群に、処方できるようになりました。

・高分子重合体=便に含まれる水分を吸収して便を固めたり、便を膨張させて便をちょうどよい硬さに保ち、排便しやすくします。

・消化管運動調整薬=腸内細菌の環境を整える薬です。

・止痢剤、緩下剤=下痢に止痢剤(いわゆる下痢止め)、便秘に緩下剤(便を軟らかくしたり、腸の運動を活発にして便を出す薬)が投与されることもあります。

・抗コリン剤=腸の異常な運動を抑えて、腹痛を抑える薬です。

◆心理療法 

 過敏性腸症候群でストレスの影響が大きい場合には、抗不安薬や抗うつ薬を処方したり、心理療法を行うことも考慮します。

過敏性腸症候群と思ったら

 長い経過で変化が無く、日常生活に支障のない場合はセルフケアで十分ですが、通勤通学や、旅行、外出などの日常生活に支障が出ている場合には病院を受診された方がよいでしょう。

 過敏性腸炎だと自分で思っていても、

(1)体に異常を感じたとき
(2)6カ月以内で3キロ以上の体重減少が認められたとき
(3)以前大腸の病気になったことのある人や、血のつながった家族に大腸がんなどになった人がいる場合
(4)50歳以上で発症した場合
(5)夜間の腹痛(腹痛により目が覚める)
(6)発熱、関節痛を伴う
(7)粘血便

 前記の項目に該当する人は病院を受診し、精密検査を受けることをお勧めします。大腸がんなどの器質的疾患が潜んでいる可能性があります。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2013年04月08日 更新)

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