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ルポ 阪大微生物病研究会・観音寺研究所を訪ねる 新型インフルエンザに備えを 危機想定しワクチン製造

新型インフルエンザワクチンの製造現場。防護服を着て慎重に進める(阪大微生物病研究会提供)

備蓄された新型インフルエンザワクチンの原液。世界で感染が始まると製品化し出荷される(阪大微生物病研究会提供)

製造されたワクチンを卵に接種し品質を検査する研究員

 人から人への爆発的な感染が危惧(きぐ)され、国内の死者が最大64万人に達するとの予測がある「新型インフルエンザ」。2007年10月に国から製造販売承認を受けたワクチンの製造を急ぐ財団法人阪大微生物病研究会・観音寺研究所(観音寺市)を訪ね、現状をルポするとともに、専門家に感染予防や食料備蓄などの対策を聞いた。

 JR観音寺駅から車で十分程度。厳重な管理下に置かれた財団法人阪大微生物病研究会・観音寺研究所は、潮の香りが漂い、穏やかな瀬戸内海が見える一角にあった。

 敷地の入り口で名前を告げ、専用の身分証を作成してもらう。同研究所は、インフルエンザワクチン原液をはじめ、麻疹(ましん)や水痘など複数のワクチンを製造する国内有数の拠点。各部屋は読み取り機にカードをかざさないと開かない仕組みだ。従業員を含め、すべての人間の出入りが厳重に管理される。

 白衣と帽子を着用し案内してもらった。

 建物内を奥へと進むと、ドアに生物災害の危険性を示す「バイオハザード」のマーク。係員の「残念ながらこれ以上は立ち入ることができません」の言葉に思わず身震いした。ここから先が、インフルエンザワクチンの製造室という。

 「ウイルスを使っているため厳重な管理が必要。決められたスタッフ以外は入れない」と係員。入室できるのは専用の防護服を身に付けた作業員のみなのだ。

 インフルエンザの最大防御はワクチン接種とされる。同研究所では現在流行しているインフルエンザのワクチンを、二〇〇七年三月から八月にかけ五百万本(一千万人分)以上製造した。

 ワクチンの“原料”となるのは何と有精卵。「まずウイルスを卵に接種し数日間培養する。その後、増殖したウイルスを採取し、ろ過したり遠心分離機にかけ精製していく」と製造部の大西悦男課長。完成したワクチンの原液は規定の濃度に調製されタンクに詰められ、ガラス容器に小分けし出荷する。

 そして同研究所が今、力を入れているのが新型インフルエンザのワクチン原液の備蓄製造だ。

 新型インフルエンザとして最有力視されているのは、アジアを中心に感染が広がる高病原性鳥インフルエンザ(H5N1型)だ。やがて人に感染する「新型」へ変異することを想定し、〇四年ごろから開発を手掛けた。

 「世界のどこかで感染が広がり始めたら、日本での拡大を防ぐため備蓄していた原液を製品化し、人に接種していくのです」と奥野良信所長。

 製造は国の備蓄計画に沿って〇六年秋から着手。これまでに同研究所を含めた国内四社で計一千万人分を製造した。さらに、現在は中国の患者から分離したウイルスを基に約一千万人分(三社)を製造中だ。

 奥野所長は「ワクチンを接種すれば一定の免疫効果が得られるし、製造ノウハウを確立させておくことで、新型ウイルスが出現した際も迅速に動ける」と力を込める。ワクチンはすでに臨床試験を終え、〇七年十月には厚生労働省から製造販売承認を受けた。

 最後に案内されたのは新棟の建設現場。

 「最新機器を備えた自慢の施設。ここでは主にインフルエンザワクチンを作る予定で、〇九年の稼働を目指している。単純計算しても製造能力は倍になる」。奥野所長は胸を張る。

 ワクチン製造の最前線を歩き、新型への対策が着々と進められていることに驚いた。だが、新型は未知のウイルス。“見えない危機”にパニックに陥ったりしないよう、日ごろからの心構えも大切だと痛感した。


最も手軽で効果的 感染予防にマスク着用 
「対応話し合う習慣必要」 大内正信・川崎医科大教授


 「実は新型インフルエンザは20世紀に3回出現している」。川崎医科大の大内正信教授(微生物学)が資料を手に説明する。

 1918年のスペイン風邪、57年のアジア風邪、68年の香港風邪―。新型インフルエンザは10―40年ごとに世界中で流行している。中でもスペイン風邪は日本で39万人、世界で2000万―5000万人が死亡する猛威を振るった。

 「新型は、ほとんどの人が免疫を持っておらず感染は一気に広がる。ワクチンもすぐに用意できないので止めようがない。新型の怖さはそこにある」と大内教授。さらに「40年近く出現していないことを考えれば、いつ出てもおかしくない」と指摘する。

 いま最も懸念されるのが、アジアを中心に猛威を振るう高病原性鳥インフルエンザ(H5N1型)。基本的には鳥対鳥で感染するが、人に感染し死亡するケースも発生。世界保健機関(WHO)によると、中国やインドネシアなど13カ国で340人が感染し、209人が死亡している(2007年12月18日現在)。

 「現在はたまたま人に感染しているが、鳥と人のウイルスが掛け合わされ、人に感染しやすい新型に突然変異する可能性がある」と言う。H5N1型は毒性が強く、インフルエンザウイルスの中でも最強とされる。「人類はここまで強毒なウイルスと出合ったことがないのでは」と大内教授。

 流行したとき、ワクチン接種以外にできることはあるのだろうか。

 厚生労働省の専門家会議は07年3月、新型による被害を最小限に抑えるために国や自治体、企業、個人が取るべき対策の指針をまとめた。一般家庭には流行によって社会機能が停滞する可能性をにらみ、2週間分程度の食料などの備蓄を推奨。米やレトルト食品、水、常備薬などを例示している。

 大内教授は最も手軽で効果がある取り組みとして「マスクの着用」を挙げる。「きめが細かい製品を選べばウイルスも通しにくい。感染の機会は確実に減るだろう」と言う。

 現在流行中のインフルエンザにかからないことも大切だ。「患者が増えるとウイルスに突然変異を起こす機会を与えてしまうことになる」一方で「最悪を想定した取り組みは重要だが、過剰に怖がらないで」とも。

 必ず新型がH5N1型から出現するとは限らず、弱毒性になる可能性もある。また新型誕生の初期段階は、ウイルス自身がヒトに感染することに慣れていない。本来持っている感染力を発揮するまでにワクチンを製造することも不可能ではないという。

 「まずは新型インフルエンザが起こる可能性は十分あるということを認識すること。そして、家族や職場で万が一に備え対応を話し合う習慣をつけてほしい」と呼び掛けている。


ズーム

 財団法人阪大微生物病研究会 1934年、大阪帝国大(現在の大阪大)微生物病研究所の発足に伴い、応用研究面を担う目的で設立された。主にワクチンなど20種類以上の生物学的製剤を製造。52年には国内初のインフルエンザワクチンを完成させている。観音寺研究所は46年に開設。第1、第2製造所と新製剤棟があり、広さは約7万平方メートル。約400人が働く。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2008年01月05日 更新)

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