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第4部 過疎地を守る (4) へき地診療所 人材と財政支援不可欠

看護師と往診に訪れた宮下医師(左)。へき地のお年寄りに安心を与え続ける

 広島県境にも鳥取県境にも近い新見市三室地区。朝晩が厳しい氷点下になる2月上旬。山懐の一軒家に一人暮らす86歳の女性に、神代診療所(同市神郷下神代)の宮下浩明医師(47)が話しかけた。

 「風邪ひいたいうて聞いたから心配しとったんですが、顔色もよろしいが」

 2週間に1度、山道を車で20分走り往診する。滞在は約20分。血圧や脈拍を測り、体調を尋ねる。特別な診療を行うわけではない。それでも女性には大きな安心だ。

 「よう歩かんのですけえ。先生の来てくれる日が楽しみです」

 神代診療所が往診を始めたのは昨年春。火曜日の午後、高齢で通院できない5人のお年寄り宅を回る。初めての冬を迎え積雪が心配されたが、「今年は少なくて助かる」と宮下医師は笑った。

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 「何が何でもという思いだった」

 3月で新見市役所を退職した吉田彰さん(59)=同市新見=は市民生活部長だった2008年5月、香川大病院(香川県三木町)に勤務していた宮下医師に会うため瀬戸大橋を渡った。

 神代診療所は同市が無医地域に設置したへき地診療所の一つ。医師2人のうち、20年以上勤めたベテランが退職の意向を示し、後任探しに苦労していた。

 折も折、宮下医師も両親が高齢になり、故郷の新見市へUターンを考えていた。医師募集のホームページを見て連絡した。「思わぬ人材が見つかった」。吉田さんは小躍りする思いだった。

 宮下医師にへき地への抵抗感はなかった。かつて自治医大から地方に派遣された経験があり、得意の高齢者、在宅医療に力を注げる魅力もあった。

 「市の幹部が来て、いかに医師を必要としているか熱意が伝わった」。その年の12月に着任すると約束した。

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 神代診療所がある旧神郷町は人口約2300人。4割以上が高齢者だ。

 宮下医師と同僚の内藤紘彦医師(69)はここで、油野、新郷、高瀬の3診療所と旧新見市の足立診療所もカバーする。それぞれ週1、2日ずつ診療所を開ける。

 数日前の大雪から一転、暖かくなった3月中旬。午後2時半からの診療に合わせ、油野診療所(同市神郷油野)に住民が徒歩や路線バスなどで集まった。

 「文句ないですわ。このままいきましょう」。高血圧症で薬を服用する70代女性の血圧数値を見ながら、宮下医師が励ます。受診者は毎回10人ほど。ほとんどが慢性疾患のお年寄りだ。

 「移動手段の乏しい人が頼れるのは県南の大病院でも新見市街地の病院でもない。近くの診療所なんです」

 着任1年余。その思いを強くしている。

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 ただ、経営は厳しい。神代診療所の08年度の受診者は延べ6348人。前年度より1割近く減少。2200万円の赤字が出た。

 市は12カ所のへき地診療所の維持に毎年、計2億円近くを支援する。市内唯一の産婦人科がある国際貢献大学校メディカルクリニック(同市哲多町本郷)には別に3千万円を補助している。

 小さな市だけに財政負担は決して小さくないが、石垣正夫市長は「地域の安心、安全の一番は医療。費用はかかるが、やっていかなくては」と話す。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年04月08日 更新)

タグ: 高齢者医療・話題

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