文字 

高齢者と生きがい 川崎医療福祉大医療福祉学部保健看護学科講師 森戸雅子

 もりと・まさこ 順正高等看護専門学校、順正短大、佛教大卒。高知女子大大学院修士課程修了。大阪暁明館病院、岡山済生会総合病院、医療法人大井田病院(高知県宿毛市)を経て、2004年から川崎医療福祉大に勤務。看護師、社会福祉士。

 生きがいを感じる毎日をお過ごしでしょうか。

 加齢にともなって、病気や障がいから、生活に不便さを感じるようになっても、心豊かに暮らす方々がたくさんいらっしゃいます。多くの出会いの中から、少しご紹介いたします。

自然の美しさに感動する心

 Aさんは、70代前半のがん末期の男性の方です。最期の時を過ごされている個室から、窓を眺めながらの会話でした。

 「動けなくなっても、外の景色をみてごらんなさい。故郷の景色を、昔のことを回想しながら、最期の準備をしています。心はとても穏やかです。他人は狭い部屋から動けず可哀想(かわいそう)に思っているでしょうが、私はこの環境はとても贅沢(ぜいたく)に思えます…」

 Aさんからは、自然への感動の心や命に対する気負いのない心構えを教わりました。

沈んだ心が華やぐとき

 Bさんは、90代後半のがん末期の女性で、自宅で家族に最期を看取(みと)られた方です。Bさんは、80歳を過ぎて転倒後は、畑や庭仕事ができなくなり、気持ちが沈んでいきました。風邪をこじらせて、さらに体力が落ち、要介護1と認定され、手指も震え、足腰も弱くなり、ため息ばかりの日々でした。

 そんなBさんの心が華やいだのは、通所介護での創作折り紙との出会いでした。当初は、リハビリの一環でしたが、次第に指に力がつき、自信がつくと、既存の折り方では飽き足らず、自身で作品を創作するようになりました。作品を観賞する人から喜ばれ、次の作品への意欲につながりました。

 自宅を訪問してくださる主治医や訪問看護師に支援してもらい、亡くなる1日前まで通所介護も利用して、穏やかに最期まで周囲の人たちとの会話を楽しみながら過ごされました。周りの方々も助けを惜しむことなく、創作活動で華やいだBさんの生き方は、周囲の人々をも元気づけてくれました。

優美な光を周囲の人たちとともに

 笑顔は、周囲の人々を幸せな気分に誘います。とくに高齢者の語りや笑顔は、若い時からのご苦労、失敗、悔しさ、怒り、悲しみなどが、今の年齢だからこそ、待つこと、諦めること、許せること、癒やし、知恵、工夫などに融和されていて、周囲の人たちをも心地よく和ませます。小さなことにも喜べる大らかな心へと導いてくれる、高齢者の笑い皺(じわ)の深さは、優美な光に包まれたかのような平安を与えてくれます。

 長島愛生園で長年、ハンセン病患者に寄り添った医師の神谷美恵子は、著書「人間をみつめて」の中で、「私たちは『何かすること』がなくても、何もすることができない病床の床にあっても、感謝して安らうことができる。私たち人間は、意識のある生命を与えられている。それを心で思い浮かべることこそ、人間の特権」と語っています。

 齢(よわい)を重ねた方々の優美な光は“人間の特権”が輝く聖火のようです。その聖火は、手渡す人の“いのち”の輝きであり、受け取る人の“生きがい”へとつながる、かけがえのない“いのち”の贈りものなのではないでしょうか。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2014年08月18日 更新)

タグ: 高齢者

カテゴリー

ページトップへ

ページトップへ