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第4部 過疎地を守る (1) くぐれぬゲート 夜間救急に大きな壁

新見インターのゲートを走り抜ける新見市消防本部の救急車=今年1月

 救急車は突然、サイレンを止め停車した。

 中国自動車道新見インターチェンジ(新見市高尾)。1月31日午後7時40分。新見市消防本部の通信指令室からは「市内の4病院すべてに患者の受け入れを断られた」と連絡があった。市外の受け入れ先が決まるまで、インターのゲートはくぐれない。

 救急隊の吉岡寅夫隊長(60)が次々と電話を入れた。「88歳男性。20メートル転落。観察したところ四肢にまひがあり…」。伐採に出掛けた山で、誤ってがけ下に転落したという。捜しに行った家族が発見した。

 「今、病院を探してますから」。運転の隊員が同乗の家族に声を掛ける。男性は全身を固定されて横たわったまま。吉岡隊長の声が響く車内にもどかしい時間が流れた。

 停車して8分後。受け入れ先が約60キロ離れた倉敷市の病院に決まった。救急車はようやくゲートを通った。

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 人口3万4千人の新見市。医療機関はベッド数60~119床の小規模な4病院と、30余りの診療所だけ。しかも、診療所の約半数は週1日か数日しか医師がいない。常勤の医師は合わせて29人(2008年末時点)。岡山県内15市で最も少なく、人口当たりでは岡山、倉敷市の3割以下だ。

 4病院の常勤医は3~5人。どこも県南などから非常勤の医師に来てもらい診療科を何とか維持している。夜間の当直医は1人。それも非常勤医に頼る日が多い。

 市消防本部のまとめでは、救急患者の約8割は市内の医療機関が受け入れている。ただ、診療時間外の夜間や休日は市外を頼るケースが増える。

 「精いっぱいやっているんだが、人が…」

 新見医師会長を務める太田病院(同市西方)の太田隆正理事長(61)は唇をかむ。

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 70代の女性が市内の山あいの自宅で意識を失い倒れたのは昨年12月上旬の土曜夕。夫の通報で救急隊が駆けつけたとき、既に心肺停止の状態だった。

 隊員が心肺 蘇生 ( そせい ) を行いながら受け入れ先を探したが、市内の病院はどこも「専門外」などの理由で断った。

 7カ所目の真庭市内の病院でやっとOKが出た。要請を始めて24分。結局、救急車が自宅から病院に運ぶのに1時間かかった。

 女性は脳幹部出血。11日後に亡くなった。

 市消防本部によると、08年の救急搬送時間は平均46分。市域の広さや市外搬送の多さから県平均を15分も上回っている。

 一刻を争う救急医療では、その遅れは文字通り致命的になる。

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 「(あの時)市内の医療機関で診ていただくわけにはいかなかったのか」

 心肺停止の女性を搬送した救急救命士が、語気を強めて医師に迫った。

 1月下旬、新見市内であった「救急搬送事後検証会」。毎月1回、医師や看護師、消防職員ら30人以上が、実際の重症例をめぐり意見を交わす。

 救命士の発言に沈黙する医師たち。その胸中をある開業医はこう代弁する。

 「非常勤で当直をお願いしている先生に、対応の難しい心肺停止の患者まですべて診てほしいとはなかなか言えない。それだと、当直医が確保できなくなる」

 夜間救急の受け入れは、これまで何度もテーマに上った。しかし、絶対的な医師不足という大きな壁の前に答えは見つからない。

 「今後の課題にしたい」。太田会長はそう答えるしかなかった。

     ◇

 慢性的な医師不足に悩む過疎地。どうすれば住民の命を守れるのか。新見市で奮闘する医師らの姿から探る。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年04月04日 更新)

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